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パリ協定の発効と今後の温暖化対策

1.はじめに

 2016年11月4日、パリ協定が発効しました。気候変動枠組条約事務局によれば、現在、103の国と地域がパリ協定締約国となっています。
 パリ協定は、世界全体の温暖化対策をこれまでとは変える、歴史的な国際条約であると評価されています。この記事では、温暖化対処のための新たな国際合意が必要となった事情を記した後、パリ協定とはどのような国際合意なのか、なぜ重要なのか、そして、今後の課題について解説します。

2.パリ協定ができた背景

 パリ協定とは、2020年以降、国際社会全体でどのように温暖化問題に取り組んでいくかを記した国際条約です。2015年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されました。2015年中に2020年以降の温暖化対処のための国際枠組みに関する法的な文書を採択することは、COP17(ダーバン(南アフリカ)、2011年)で合意されました。
 本節では、なぜ、世界全体の温暖化対策に関する新たな国際合意が必要とされたのかについて述べます。

(1)長期目標の重要性

 現在の国際社会の温暖化対策の基盤となっているのは、気候変動枠組条約(1992年採択、1994年発効)(以下、条約といいます)です。現在、196か国+1地域が締結しています。
 条約は、「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること」を究極目的としていますが(条約第2条)、このために、いつまでに大気中の温室効果ガス濃度を何ppmにしなければならないかとか、世界全体で温室効果ガスを何トン減らさなければならないかとか、世界の平均気温上昇を何℃までに抑えるかなどといった具体的な数値は示されていません。
 国際社会は、産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃までに抑えることを目指してきています。これは、COP16(2010年、カンクン)決定に盛り込まれたもので、その後も、COPやG7サミット等で繰り返し確認されてきました。
 2013-2014年に公表された、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書では、気温がどれくらい上がると、各分野の気候変動により追加されるリスクのレベルがどの程度になるかが示されています(図1)。なお、IPCCは、どのような影響を「危険」(避けるべき)とするかは社会の判断であり、科学だけでは決められないという立場を明確にしていることに留意する必要があります。

図1 世界全体で見た気候関連リスク
図1 世界全体で見た気候関連リスク
(進行している気候変動の水準に対応する懸念材料に関連するリスクが、右側の図に示されている)
出典:IPCC第5次評価報告書第2作業部会政策決定者向け要約 Assessment Box SPM.1 Fig. 1

 そして、IPCCの第5次評価報告書では、CO2の累積排出量と世界の平均気温の上昇とが、ほぼ比例関係にあることが示されています(図2)。つまり、世界の平均気温上昇をどのくらいまでに抑えるかを決めると、そのために今後CO2の排出をどれくらいまでに抑える必要があるかを把握できるということです。

図2 世界平均気温上昇量と人為起源CO2累積排出量の関係
図2 世界平均気温上昇量と人為起源CO2累積排出量の関係
出典:IPCC第5次評価報告書第1作業部会政策決定者向け要約Fig. SPM.10

 産業革命前と比べて、世界の平均気温上昇を2℃未満に抑制する目標に整合的な排出経路はいくつかありますが、それらの経路では、今後数十年の大幅な温室効果ガスの排出削減と、今世紀末までにCO2及びその他の長寿命温室効果ガスの排出をほぼゼロに削減することが必要になります。これは、先進国だけではなく、これから経済発展する途上国も含めた数値であり、実現が非常に難しいとされています。

(2)すべての国が参加する枠組みの必要性

 条約には、国を分類する2つの附属書が付されています。これら附属書に掲げられていない国のグループを入れると、条約締約国のカテゴリーは3つあり、カテゴリーごとに、課される責任が異なっています。3つのカテゴリーとは、@附属書T国(条約採択時の経済開発協力機構(OECD)加盟国と経済移行国)、A附属書U国(条約採択時のOECD加盟国)、B非附属書T国(@以外の国。途上国)です。@に属する国は、条約上、自国での温室効果ガスの排出削減を行うことが求められています。京都議定書(1997年採択、2005年発効)でも、「温室効果ガスの排出削減数値目標を持つ先進国(+経済移行国)」と「目標を持たない途上国」という区分が維持されています。Aに属する国は、自国での排出削減に加えて、途上国への資金支援・技術支援を行うことが求められています。
 条約が採択されてから20年以上の月日が流れていますが、この国のグループ分けは変わっていません。条約採択後にOECDに加盟した、メキシコ(1994年加盟)、韓国(1996年加盟)、チリ(2010年加盟)も、非附属書T国です。また、OECDには加盟していませんが、急速に経済成長を遂げ、世界最大の温室効果ガスの排出国となっている中国をはじめ、新興国も非附属書T国に分類されています。
 既に述べたように、2℃目標を達成するためには、今世紀末までに世界全体でCO2及びその他の長寿命温室効果ガスの排出をゼロにする必要があります。しかし、条約の附属書T国と非附属書T国のグループ分けや役割分担を固定した仕組みでは、地球全体での温室効果ガスの大幅な排出削減を進めていくことはできません。そこで、COP17では、2020年以降、先進国か途上国かを問わず、すべての国が温暖化対策を実施していくための国際枠組みを作ることになったのです。

(3)適応策等を盛り込む必要性

 京都議定書には、ほぼ緩和策(温室効果ガスの排出削減及び吸収源の増強)についての責務しか規定されていません。これを解消し、適応策やこれに対する支援等を盛り込むことが、途上国が新しい枠組みに強く望むことのひとつでした。COP17において、新たな枠組みは、緩和策だけではなく、適応策、資金支援、技術支援、行動の透明性(温暖化対策に関する情報の提出とレビュー等)、能力構築を含むものとすることになりました。

3.パリ協定とはどのような国際合意なのか

 パリ協定がどのような国際合意なのかについて説明します(図3)。

図3 パリ協定のポイント
図3 パリ協定のポイント
(出典:筆者作成)

(1)長期目標の設定

 パリ協定には、3つの目的が掲げられています(第2条)。第1に、「世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前よりも摂氏2℃高い水準を十分に下回るものに抑えること並びに世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前よりも摂氏1.5℃高い水準までのものに制限するための努力を、この努力が気候変動のリスク及び影響を著しく減少させることとなるものであることを認識しつつ、継続すること」(同条1項(a))、第2に、「食糧の生産を脅かさないような方法で、気候変動の悪影響に適応する能力並びに気候に対するレジリエンス(温暖化した世界に合わせることができるしなやかさ)を高め、及び温室効果ガスの低排出型の発展を促進する能力を向上させること」(同項(b))、第3に、「資金の流れを温室効果ガスの低排出型の、かつ、気候に対してレジリエントな発展に向けた方針に適合させること」(同項(c))です。
 そして、排出削減については、「今世紀後半に、人為起源の温室効果ガス排出と(人為起源の)吸収量とのバランスを達成するよう、世界の排出ピークをできるだけ早期に迎え、最新の科学に従って急激に削減する」(パリ協定第4条1項)、すなわち、人為起源の温室効果ガス排出を正味でゼロにすることを、適応については、「適応能力を拡充し、レジリエンスを強化し、脆弱性(温暖化影響に対する弱さ)を低減させる」(パリ協定第7条1項)ことを、それぞれ長期目標として設定しています。

(2)すべての国による長期目標の実現に向けた温暖化対策

 これまでは、先進国と途上国との間で、義務的な温室効果ガス排出削減目標を持つか持たないか、もしくは、削減目標を絶対量で決めなければならないか、または、相対量の削減でもよいかについて、明確な差が設けられていました。パリ協定では、先進国か途上国かを問わず、すべての国が、パリ協定の目的及び長期目標の実現を目指して、自ら設定した目標の達成に向けて、温暖化対策を行っていくこととされています(同協定第3条)。

(3)各国における温暖化対策の強化、資金・技術支援の強化

 パリ協定を締結するすべての国は、各国の温暖化対策に関する目標(パリ協定中の文言は、「気候変動に対する世界全体の対応への自国が決定する貢献」。これには、排出削減策だけではなく、適応策に関する目標も含めることができます)を5年ごとに設定・提出し、その達成に向けて努力することになっています(同協定第4条2項、COP21決定1パラ23及び24)。この目標の設定及び条約事務局への提出並びに目標の達成に向けた努力は、パリ協定を締結するすべての国の義務です。ただし、京都議定書とは異なり、目標の達成そのものは義務ではありません。そして、各国は、前の期よりも進展させた目標を提出することになっています(同協定第4条3項)。また、各国が行った温暖化対策に関する情報のまとめとチェック(モニタリング・報告・検証)についても、原則として、すべての国が共通の枠組みの下に実施することになっています(同協定第13条1〜3項)。
 加えて、これまでは、先進国だけが、途上国に対して温暖化対策に必要な資金や技術などの支援を行うことになっていましたが、パリ協定では、先進国以外の国に対しても、これらの支援を行うよう奨励しています(同協定第9条2項、第10条6項)。

(4)国際社会全体で温暖化対策を着実に進めるための仕組み

 国際社会全体で、パリ協定の目的と長期目標を達成するために必要な温暖化対策を進めることができているかを5年ごとにチェックしていくことになりました(同協定第14条)。この仕組みを、グローバル・ストックテイクと言います。第1回グローバル・ストックテイクは2023年に開催されることになっています(同条2項)。
 また、先進国は、途上国に資金支援をする責任を持っていることが改めて規定されました(パリ協定第9条1項)。そして、その他の国(新興国を想定)に対しても途上国に資金を提供することが奨励されました(同条2項)。また、2020年以降、温暖化対策支援のための資金を世界中からどれくらい集める目標にするかに注目が集まっていましたが、当面は、年間1,000億ドルという現在の目標を維持することになりました。2025年までに、現在の目標を上回る新しい目標を決めることになっています(COP21決定1パラ53)。

4.パリ協定の意義

 パリ協定は、「歴史的合意」と評されていますが、その理由は3つあります。

(1)明確な長期目標の設定

 パリ協定で最も重要なことは、国際条約の中で、長期目標を設定していることです。つまり、今後、実現が難しい2℃目標の達成を目指して(さらには、1.5℃目標の達成も視野に入れて)、国際社会が長期にわたって気候変動問題に取り組んでいく、すなわち、世界は化石燃料への依存から脱却していく、という方向性を示しました。これは、各国、産業界、そして、市民社会に対する重要なメッセージとなっています。
 先に述べたように、2℃目標の達成が非常に困難であることは、COP21の前からわかっていました。しかし、国際社会には、自ら温室効果ガスの排出を削減する余地がほぼないにもかかわらず、温暖化影響を強く受けてしまう人がたくさんいます。これは、不正義に他なりません。国際社会は、気候正義の観点から、2℃目標の達成を目指して温暖化対策をとっていくことを決め、パリ協定に盛り込んだのです。

(2)包括的かつ持続的な国際制度

パリ協定は、緩和策だけではなく、適応、損失と損害、技術の開発・移転や能力構築、また、それらのために必要な資金、さらに、全ての行動について透明性を確保することを規定しています。そして、すべての国が長期目標の達成のために気候変動対策を前進させ続けることとされ、そのために、これまでのように、一定期間が終わるたびに新たな枠組みをどのようなものにするかについて交渉することなく、持続的に行動を進めていく仕組みが作られたことは意義深いと言えます。

(3)気候変動枠組条約の共通だが差異ある責任の再解釈

 先進国と途上国の差異化をどの場面でどうはかるかは、COP21の最大の論点でした。パリ協定では、条約の先進国と途上国の二分論を回避しつつ、排出削減や行動の透明性については、それぞれの国の事情に違いがあることを認めつつ、すべての国を対象に行動を求め、中でも、先進国が率先して温暖化対策をとるよう求めています。そして、途上国に対しても、気候変動対策をとり、そのレベルを上げていくことを促しています。条約採択時から現在までの変化に対応するだけではなく、今後の変化にも対応できるよう、配慮がなされています。

5.今後の課題

 冒頭に述べた通り、2016年11月4日、パリ協定が発効しました。採択から1年未満という異例の短期間での発効です。
 パリ協定の採択は、国際レベルの温暖化対策の転換点となる大きな成果ですが、今世紀末までに世界全体でどの水準を目指して温暖化対策をとるのかと、そのための仕組みの大枠を示したに過ぎません。COP21では調整がつかずに、今後のパリ協定下の詳細ルール策定交渉に委ねられた項目も少なくありません。つまり、パリ協定が実効性あるものになるのか、そして、パリ協定の目的と長期目標の達成が実現できるのかは、@今後の詳細ルール策定交渉と、A各国がとる温暖化対策をどれくらい引き上げていけるかにかかっているのです。
 @について、詳細ルール交渉の論点はたくさんありますが、最も重要なもののひとつが、前述のグローバル・ストックテイクをどのように制度設計するかです。それは、パリ協定で各国の温暖化対策の目標達成が義務とはされていない中で、グローバル・ストックテイクが実質的に遵守を促すことになるからです。
 Aについては、2020年まで、そして、2020年以降、世界全体の温暖化対策のレベルの引き上げをどのように実現させていくかです。現在、各国が提出している2025年/2030年の温暖化対策の目標がすべて達成されたとしても、2℃目標の達成にはほど遠いことがわかっているからです(図4)。

図4 各国が提出済みの温暖化対策目標を実施した場合の2025年及び2030年の世界全体の温室効果ガスの排出レベルと他のシナリオとの比較
図4 各国が提出済みの温暖化対策目標を実施した場合の2025年及び2030年の世界全体の温室効果ガスの排出レベルと他のシナリオとの比較
出典:気候変動枠組条約事務局統合報告書「気候変動に対する世界全体の対応への自国が決定する貢献の総合的な効果:更新版」(Aggregate effect of the intended nationally determined contributions: an update)(FCCC/CP/2016/2)図2

 2016年11月7日から、COP22がモロッコのマラケシュにおいて開催されています。7日のCOP22全体会合の冒頭、ロワイヤルCOP21議長(フランス環境エネルギー海洋相。2016年2月、COP21で議長を務めたファビウス前外相の辞任に伴い、COP21議長に就任)は、パリ協定が発効し、同日時点で100の国と地域が批准していることに触れ、パリ協定をまだ批准していない気候変動枠組条約締約国に対して、2016年中に批准するよう呼びかけました。今回は、パリ協定発効後初のCOPとなるため、11月15日〜18日には、同協定第16条6項に従い、パリ協定第1回締約国会合(CMA1)も開催されます。
 日本については、2016年11月8日、パリ協定の締結に必要な議案が衆議院本会議において、全会一致で可決・承認されました。8日に国連事務総長宛に受諾書を寄託する予定とのことです。パリ協定には、発効後に同協定を批准等した国については、批准書等の寄託の日の後30日目に効力を生ずる旨の規定があります(第21条3項)。このため、日本は、COP22/CMP12/CMA1期間中には、パリ協定締約国にはならないため、CMA1にはオブザーバー国として参加することになります。安倍首相は、パリ協定の受諾にあたり、「我が国は、全ての国による排出削減というパリ協定の精神が貫徹されるよう、各国による排出削減の透明性がより高まるようなルールの構築に向け、主導的な役割を果たしていく決意です」との談話を発表しています。
 パリ協定の発効は、世界全体の温暖化対策が新たな段階に移ったことを意味します。2018年には、「促進的対話」が開催され、緩和策の長期目標の達成に向けて、締約国全体の温暖化対策の努力の進捗状況について科学的に議論し、各国の温暖化対策目標のレベルアップの促進を議論することになります(COP21決定1パラ20)。2020年には、締約国は、この対話の結果も踏まえて、2030年の温暖化対策目標を条約事務局に提出することになります(COP21決定1パラ24)。日本がこの分野で「主導的な役割」を果たすためには、パリ協定の詳細ルール交渉への貢献と共に、パリ協定の目的の実現に向けて、より一層の貢献をはかるため、日本国内での2030年目標の改善について、すべてのステークホルダーが参加して議論することが必要です。

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