エキスパート・コメント

外国判決の承認執行制度

はじめに

 近時、終戦前に日本企業により強制労働に従事させられたという元徴用工及びその遺族らが韓国の裁判所で提起した日本企業又はその後継企業(以下、単に「日本企業」)に対する損害賠償請求訴訟において、日本企業が敗訴する判決(以下、総称して「韓国徴用工判決」)が下されているとの報道がなされています。とりわけ、2012年5月24日韓国の最高裁である大法院が、日本企業に対する個人の請求権は現在も消滅していない、とする判決(以下、「2012年大法院判決」)を下した後、このような裁判が提起される傾向は強くなったとされます。
 ところで、敗訴が確定した場合、被告である日本企業にはどのようなことが待っているのでしょうか。まず、日本企業から原告への任意の支払いが考えられます。それがなされれば、その裁判に関する紛争は終了することになります。一方、任意の支払がない場合はどうでしょうか。韓国の裁判である以上、韓国内にある日本企業の財産(韓国内の不動産や韓国内の銀行に有する預金など)については、韓国の法に従って、差押えなど経て、勝訴した原告の賠償金の原資となる余地があります。
 では、日本に所在する当該企業の財産についても、韓国内で勝訴した原告の賠償金の対象となりうるのでしょうか。この疑問を解くカギは、「外国判決の承認執行制度」を理解することにあります。
 以下ではまず、同制度についてどのような外国判決が日本で承認されるのか、を総論的に解説します。その後、同制度の具体的な適用例として上記韓国徴用工判決に対するわが国裁判所での対応を検討し、最後に、わが国の同制度についての展望を簡潔に示したいと思います。

1.外国判決は日本で認められるか

 結論からいえば、外国判決が、わが国で「承認」され、その判決の内容に基づいて日本で「執行」がなされる余地はあります。すなわち、日本にある財産であっても、外国判決が示した賠償金の引き当てになる可能性があるということです。
 このような外国判決の承認執行が認められる根拠は、一般的に、国際的な視点での法政策から説明されます。つまりA国で下された判断を、他国で新たな訴えを経ることなく認めることにより、@訴訟当事者は、A国の一回の裁判で足りることになり、その権利の実現が容易になること、A裁判所としても、A国での判断を尊重することで、同一事件にその人的・物的・時間的資源を割かずに済むこと、BA国の判決を尊重することで、世界中でバラバラの判断が下るといった混乱が生じないこと、といったメリットがあると考えられますが、これらが外国判決承認執行制度の存在理由ともなっています。
 わが国でも多数の承認・執行例があります。しかし、あらゆる外国判決の効力が内国に及ぶとまでは考えていません。一定の要件をクリアした外国の民事判決のみが、わが国でも判決として扱われるのです。その要件を記載するのが民事訴訟法118条になります。

2.民事訴訟法118条の要件

 柱書(1行目の部分です。その後に項目(号)が並ぶ場合、このように呼びます)と各号をあわせ、概ね5つの要件があると理解されています。なお、すべての要件を満たすことが必要ですので、1つでも要件に合致しなかった判決は承認されないことになります。以下、個々の要件をみていきましょう。

@確定判決であること(民訴法118条柱書)
 「確定」とは、これ以上、上訴が認められない状況を指します。ですので、第一審で勝訴判決を得た場合、相手方が控訴期間内に上訴しなければこの第一審判決が承認の対象となります。一方、相手方からの上訴があった場合には、第一審で判決は確定していないことになりますので、この判決は、この時点では承認の対象とはなりません。また「判決」とありますので、外国でなされた個人間での和解契約や公証人が作成する公正証書などは承認の対象とはなりません。

A管轄を有する裁判所による判断であること(同条1号)
 外国判決を下した裁判地が、その事件を扱う権限(国際裁判管轄権)を有していたことが必要です。原告は裁判地の選択について主導権を握っています。よって、被告や事件と一切関連性を有しない国の裁判所に訴えを提起することも可能です。しかし、国の視点に立つと裁判を運営すること自体、様々なコストがかかります。事件と全く関連性を有しない国がそのようなコストを払うことは適切ではないでしょうから、通常はこのような国の裁判所での訴えは認められません。また、このような国での裁判は、対応を強いられる被告の負担もとても大きいため、この観点でも、やはりこの国は適切な管轄地とは認められないでしょう。とはいえ、事件や被告と裁判地との間にどの程度の関連性があれば「適切」といえるかは、世界の共通理解があるわけではありません。そこで現状では、承認国側の視点で、判決を下した国の裁判所が適切な管轄を有していたかについて判断する、という手法が取られています。よって、日本において外国判決の承認が問題となった際には、管轄の配分を規定する国際裁判管轄のルール(民訴法3条の2以下)に照らして、裁判地に管轄があったか否かを判断することになります。

B適切な裁判の開始文書が敗訴被告に送達されたこと(同条2号)
 民事訴訟では原告の裁判所への訴えの提起をもって裁判の開始準備がなされます。被告にその開始を知らせる文書については、裁判所主導で届けることを原則とする国と、原告自ら送付することを認める国などがありますが、いずれにしても開始文書が被告に届かずに裁判が始まってしまうと、知らぬ間に敗訴してしまう被告が生まれることになります。このような状況を黙認している国は、被告への手続の保障の観点で問題がありますので、承認が求められた外国裁判において、訴訟の開始時に被告に適切な通知がなされたかがチェックされます。

C日本の公序に反しないこと(同条3号)
 外国の判決の中には、国内の判決では出されることのない判断を内容とするものもあります。例えば、米国のいくつかの州で認められる懲罰的損害賠償を命じる判決は、実損害以上の額を賠償する命令になることがあり、これは、わが国法では認めていないものになります。また、2008年フランスの時効法改正時の有力な草案であったマロリー法案2278条には「人道に対する罪は消滅時効にかからない」との文言がありました(金山直樹=香川崇「フランス時効法改正の動向」NBL881号71頁以下参照)。結局フランス時効法の改正においてこの文言は採用されませんでしたが、仮に同条文が以前から存在していたと仮定して考えてみると、例えば100年以上前の不法行為について日本企業を被告とする損害賠償請求を容認する判決が外国で下されうる、ということになります。このような判断は、原則として20年が最長の損害賠償請求権の存続期間と考えているわが国の時効法が予定しないものとなります。
 そこで、このようなわが国の法秩序とは相容れない結果が、わが国にもたらされることを防ぐための安全弁として、本要件が機能します。もっとも、そもそも日本とは異なる法制度を有する外国で下された判決の承認を認めるといった外国判決承認制度の趣旨に鑑みて、本要件の発動は抑制的であるべきとされます。これまでの主な判例も、単に日本に同じ制度がないから程度では公序違反とはせず、承認するとわが国の法秩序に甚大な影響を与えるほどの異質さを有する場合(実損害の数倍となる懲罰的損害賠償の支払を命じる米国カリフォルニア州の判決など)に、この要件に基づき承認を拒否しています。なお、外国で下された判決と同じ内容の確定判決が既にわが国である場合、特にその外国判決がわが国の判決と矛盾するものである場合には、わが国の訴訟法秩序維持の観点から、本要件により、当該外国判決は承認されないものと解されています。

D相互の保証があること(同条4号)
 これは「あなたの国が承認してくれるなら私の国も承認します」という発想の要件となります。しかし、この発想を貫くと、相手国にわが国判決の承認例がない場合の対応に困ってしまいます。そこで、最高裁は相互の保証があること、とは、わが国で承認が問題となっている判決と「同種類」の判決を、判決国もわが国と同等の条件の下で承認すること、としています(最高裁昭和58年6月7日判決)。これにより、相手国に承認例がない場合でも、その国の具体的な外国判決承認規定や判例を頼りに、わが国で率先して承認することが可能となります。もっとも、最高裁の基準にある「同種類」については、どの程度類似性があればよいのかについて議論が分かれており、後述するように、韓国徴用工判決の承認との関係では、この解釈如何で結論が変わる可能性があります。

3.韓国徴用工判決のわが国での承認の可否

 本コメント脱稿時において、韓国徴用工判決の承認執行がわが国で求められたという裁判例は報告されていません。以下では仮に、そのような判決の承認執行が求められたと想定し、検討してみます。なお、@〜Bの要件については満たされるものがほとんどかと思いますので、以下では問題となりうるCとDの要件との関係につき考えてみます。
 Cの公序に反しないこと、との要件はどうでしょうか。まず、承認が求められた韓国徴用工判決と同じ当事者及び争点の判決が既に日本で確定している場合には、矛盾判決の防止の観点から、この要件により当該韓国判決の承認は認められないことになります。2012年大法院判決は、既に日本で確定した判決と同一の事件について判断したもののようですので、同判決はわが国で承認されないと思われます。
 それでは、わが国で判決が確定していない事件についてはどうでしょうか。そういった韓国徴用工判決は、元徴用工個人による日本企業への請求権の存在を前提としているでしょうから、その部分が問題となります(わが国の司法判断では結論は分かれています。このうち、労働賃金の請求権につきその存在を肯定した裁判例として、富山地裁平成8年7月24日判決があります)。また仮にこの点が公序に反しないとしても、請求権の消滅時効の起算点につき、わが国の裁判例において最も繰り下げられた時点と考えられる1991年(前掲富山地裁判決参照)から離れる場合には、上記マロリー法案2278条のような規定もない日本の時効法秩序とは相容れないとされる可能性が高いと思われます。
 次に、Dの相互の保証要件の有無について考えてみます。2012年大法院判決は、徴用工であった韓国人原告の訴えが棄却された日本での判決について、その韓国での承認は憲法上の観点からできない、としています。最高裁レベルによる憲法への抵触についての判断ですので、類似のわが国の戦後補償判決は韓国では承認されないという法実務があるとの評価が可能かと思われます。
 前述の通り、相互の保証とは、「同種類」の判決を同等の条件で承認する国であれば認められるものなのですが、この「同種類」の判決を、戦後補償に関わる判決、と限定的に捉える立場に立った場合、「あなたの国がこの種の判決を承認しないので、私の国も承認しません」となることが予想されます。よって、戦後補償裁判である韓国徴用工判決は、D要件を満たさない、ということになりそうです。これに対し、最高裁の基準にある「同種類」の箇所はそこまで細分化できるものではなく、広く、金銭の支払いを命じる判決、などと読むべきとの立場に立った場合、財産関係事件に適用される一般の外国判決承認執行規定同士の比較で足りることとなり、この場合D要件が満たされる、との展開も考えられます。

おわりに

 以上、わが国の外国判決承認執行制度は、一般にその承認・執行を認める法制といえますが、軽いとはいえない要件を擁している関係で、一定の外国判決については承認を拒絶することも想定しているのが現状です。これに対し、上述の法政策をより実現するために、条約やEU法などを介して、相互の保証要件を撤廃する、あるいは、承認要件の検討を経ずに他国の裁判を執行できることを原則とするなど、わが国よりも積極的に外国判決の承認執行を認める国も多数現れています。このような世界の状況にあって、わが国もより開放的な道へ進むべきなのか。今後の展開が注目されます。

上に戻る