2025年9月4日に小田滋先生がご逝去されたとの報に接し、国際法学会を代表して謹んで追悼の辞を申し上げます。
 小田先生は、「現場で役に立つ国際法学者」であり続けることの重要性を折に触れて説いておられました。そして、それを比類なきまでに実践されたのが、まさに小田先生ご自身の研究者、そして実務家としての生涯でした。東京帝国大学最後の学生として同大学法学部を卒業された後、同大学特別研究生を経て東北大学に赴任された小田先生は、東北大学での研究教育に従事される(講師〔1950年〕、助教授〔1953年〕、教授〔1959年〕)と共に「資源としての海」に世界でもいち早く着目された博士論文Riches of the Sea and International Law (Yale Law School, 1953年)、北海大陸棚事件におけるドイツ側弁護人(1967-69年)としての活躍、40代前半での万国国際法学会(Institut de droit international)当選(1969年)、そして何よりも3期27年にわたる国際司法裁判所裁判官(1976-2003年。うち1991-1994年裁判所次長)など、枚挙に暇のない輝かしい業績を打ち立てられました。
 小田先生は、本学会にも多大なご貢献をなされました。度重なるご報告や国際法外交雑誌へのご寄稿のみならず、国際司法裁判所での任期を終えられた後には、国際法学会における研究活動の一層の国際的展開と若手研究者の養成のために、多額のご寄付を賜りました。それを基に、国際法学会は、国際法、国際私法、国際政治・外交史の分野における若手による研究を奨励・顕彰するために小田滋賞を毎年授与し、世界の第一線級の国際法研究者を招聘して討論を行う小田レクチャーシリーズを2年に1度開催してきております。私どもは、小田先生が去られた後もその御恩に浴し続けられることを深くありがたく思うと共に、先生のご遺志を継ぐ決意を新たにするものでございます。
 小田先生は、まさに偉大なる国際法研究者であり、また実務家であられました。しかし、私の世代の国際法研究者にとっては、「偉い先生」というよりも、ハーグ国際法アカデミーなどの折にハーグを訪れる際には、たとえそれが何度目であっても必ずお招きくださり、温かく、時に厳しく叱咤激励してくださる、父親のような存在でした。 ここに改めて小田先生のこれまでのご厚恩に深甚なる謝意を表しますと共に、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

一般財団法人 国際法学会
代表理事 濵本 正太郎

2025年9月16日