国際法学会ウェブサイトにようこそ。このウェブサイトは、国際法学会の会員相互間の情報交換のみならず、実務法曹・メディア・学生・市民など様々な立場で国際法に関心を持つ方々に国際法に関する情報を提供するために作られています。
国際法学会は、1897年(明治30年)に創設された、法律学の分野では日本で最も古い学会です。なぜ国際法の学会が最初に創設されたのか。それが「文明開化、富国強兵」のためであることは、本学会の学会誌である『国際法雑誌』創刊号(1902)の冒頭に掲げられた「発刊の辞」が明瞭に示しています。その一部を抜粋して記します(旧漢字は改めました)。
“我が帝国の国際法に加入せるは……内は以て多年国民の文化を開発し外は以て文明国たるの義務を尽すと同時に文明国たるの権利を行はんとするの主意より任意且積極的に国際法に加入するに至りしなり……国際法は我が国の加入に依りて……最早欧州国際法又は耶蘇教国国際法に非ずして真正なる意義に於ける国際法となるに至りたればなり……吾人も亦人類社会の為に益正義及人道の光輝を発揚し欧米諸国の法学者と共に愈国際法の進歩改良を企図せざるべからざるや素より論を俟たざるなり
更に翻って最近の歴史を観るに我が国が世界史上の一強国たることを表彰せる日清戦争は……清国人を啓発して国際法を知得せしむべき必要を明らかにせり……吾人は此秋に際し世界人類の為正義及人道の為一方に於ては列国と共に支那人の文化を開発して国際法の普及を務め平和の維持と国際法の進歩を企図し他方に於て一朝事有るに際しては列国共に戦時公法を遵守することを期せざるべからず”
人類社会のために貢献するのだという清新な意気込みと、近隣諸国に覇権を及ぼすための便利な道具として国際法を用いるというレアルポリティーク的思考とがまったく矛盾なく同居している本学会の創設の動機は、21世紀を生きる私たちに大きな教訓を与えてくれます。国際法は、確かに「人類社会の為に」も「正義及人道の為」にもなるはずです。その一方で、使い方によっては独善的主張を美しく見せかけるための覆いにもなり得ます。
レアルポリティークが悪いわけではありません。二宮尊徳が言ったとされることに(実際は彼の思想に基づいて後世創作されたようですが)、「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」というものがあります。我々の側に引きつけて言えば、「国際法を使わない外交は罪悪であり、外交に使えない国際法は寝言である」となるでしょう。えてして罪悪か寝言かのどちらか一方に走りがちな私たちには、いかにして中庸を得るかという難しい課題が課せられています。しかも、外交に使える国際法でありさえすればいいわけではないということは、上に引用した「発刊の辞」が意図せず警告してくれているところでもあります。
先人にも国際法学が「寝言」であってはならないとの意識があったのでしょう。上記の『国際法雑誌』は1912年に『国際法外交雑誌』と改題されます。今でこそinternational law and policyというような名称の雑誌は珍しくありませんが、1926年にジュネーヴで創刊されたRevue de droit international de sciences diplomatiques et politiquesよりもかなり早く、当時の先達の慧眼が覗えます。そして、その良き伝統を引き継ぎ、国際法学会は、国際法、国際私法、国際政治・外交史の三分野の会員からなり、大学や研究機関に所属する研究者、外務省や法務省などの政府関係者、弁護士などの実務家、さらに大学院生など、さまざまな人々で構成されています。
本学会の会員は800名を超え、世界有数の規模を誇っています。もちろん、議論の質の向上こそ重要であり、毎年開催される研究大会では公募報告を含め活発な議論が交わされ、『国際法外交雑誌』には水準の高い論考が掲載されています。この質の維持向上を図ることは、私たちの主要な使命です。
「現代は激動の時代である」という決まり文句は古代からほぼ常に言い続けられてきているようです。それでもなおやはり現代は激動の時代であると思わざるを得ません。「最近の若者はけしからん」という言辞も古代エジプトに既に見られるそうですが、さほど遠からぬ将来にAIが我々の仕事の相当部分を担って(奪って)くれるであろうことを考えると、デジタルネイティヴ世代である「けしからん」若者の発想・思考を積極的に取り込んでいく必要があります。研究大会に於ける公募報告の拡充や、学生による優秀な論考を顕彰する小田滋賞(3期27年にわたり国際司法裁判所裁判官を務められた小田滋先生の篤志によるものです)、学会の諸活動を担う各種委員会への若手研究者の積極的登用は、そのような危機意識に基づいています。「出る杭は打たれる」のは世の常ですが、打たれても打たれてもなお執拗に出ようとし続ける杭が本学会には多数あることを確信しています。
もともと法典を意味するcodeは、その類推から「暗号」という意味をも持つようになりました。それは法学が秘術的な要素を持つものであったからでもありますが、民主主義社会において法が支配者や専門家の独占物であって良いわけがありません。国際法学会としても、専門家向けの活動に加えて、日本弁護士連合会との協力事業や、一般向けに書かれているエキスパート・コメント、さらには市民講座など、国際法に関する理解を市民の間にも広げ深めるように努力してきましたし、これからもし続けていきます。国際法学会の活動について、ご意見・ご批判がありましたら、ぜひお寄せくださいますようお願い申し上げます。
2024年8月
一般財団法人 国際法学会
代表理事 濵本 正太郎