国際法学会エキスパート・コメント No.2016-12
村上 愛(北海学園大学法学部准教授)
脱稿日:2016年12月1日
はじめに
民進党代表の蓮舫議員が台湾籍と日本国籍の「二重国籍」状態だったとの報道をきっかけに、重国籍にたいする関心が高まっています。正確な数こそ把握されていませんが、日本国籍と外国国籍をもつ重国籍者は40万から50万人、もしかしたらそれ以上いるかもしれないといわれています。日本は重国籍を認めていないはずなのに、なぜこれほど多くの重国籍者がいるのでしょうか。以下では、国籍決定のしくみと重国籍が発生するしくみを紹介したのち(1)、日本人が重国籍になるのはどのような場合か(2)、そして重国籍の防止・解消のための日本の制度(3)を順にみていきます。
1.国籍の決定と重国籍
――国籍とは何ですか?また、国籍はどのようにして決定されるのですか?
国籍とは、個人が特定の国家の構成員とされるための資格で、国籍をもつ人を一般に国民と呼んでいます。国際法上、各国は誰が自国民であるかを、自国の国籍法によって独自に決定できるとされていて、他国がこれに干渉することはできません。ですから、たとえばAさんに日本国籍があるかどうかは日本の国籍法、甲国籍があるかどうかは甲国の国籍法といった具合に、個人がどの国の国籍をもつかは国ごとにバラバラに決定されます。現在のところ、たとえば「Aさんが日本国籍をもつなら、甲国は甲国籍を付与しない」というように、個人の国籍がつねに一つになるように日本と外国との間で調整する制度はないので、同一の人に日本を含む複数の国が国籍を認めると重国籍、反対に、どの国も国籍を認めないと無国籍が発生します。
――無国籍だと、どの国からも保護されず、法的地位が不安定なので問題だと思いますが、重国籍についてはどのように考えられているのですか?
国籍の数に関しては、「人はかならず国籍をもち、かつ、唯一の国籍をもつべきである」とする「国籍唯一の原則」が昔から国籍立法の理想とされてきました。たとえば、1930年の「国籍の抵触についてのある種の問題に関する条約」(ハーグ国籍条約。日本は署名したが批准せず)は、その前文で、国籍唯一の原則を理想とし、無国籍と重国籍の事例をなくすよう努力することを各国に求めています。重国籍が望ましくない理由としては、複数の国から兵役義務等の国民としての義務の履行が求められる、国籍のある国の間で外交保護権が衝突する、複数国の旅券の取得が可能になって出入国管理上の問題が生じる、などが挙げられています。日本も重国籍を認めない立場をとっていますが、国籍の決定は各国の自由に委ねられているので、日本の努力だけで重国籍の発生を防止することは困難です。たとえば、日本国籍と甲国籍を有するAさんが、重国籍を解消するために甲国籍から離脱しようとしても、甲国がこれを許可しなければAさんは重国籍のままです。このような現実を反映して、日本の国籍法は、後述のように、重国籍の発生をやむをえないものとして一定の場合には許容しており(5条2項、12条、14条など)、その禁止が徹底されているわけではありません。
諸外国に目を向けると、かつては重国籍を禁じる国が多かったのですが、最近ではこれを認める国が増加しており、国籍唯一の原則という理想と現実の間にギャップが生じています(条件付きを含め重国籍が認められている国として、アメリカ合衆国、オーストラリア、カナダ、イギリス、フランス、イタリア、スイス、スウェーデン、ブラジル、メキシコ、フィリピンなど)。
2.日本人と重国籍
――国籍は国ごとに決定されるので重国籍が発生するとのことですが、日本人が重国籍になるのは具体的にどのようなケースですか?そもそも誰が日本人なのか、まずは日本国籍の取得要件を教えてください。
国籍法によれば、国籍取得の原因には、①出生、②届出、③帰化があります。
①出生(2条)
国家は、一定範囲の人にたいして出生と同時に自国の国籍を与えます。この範囲の決め方には、自国国民から生まれた子に自国の国籍を付与する血統主義(ドイツ、イタリア等の欧州諸国、東アジア、中近東の諸国に多い)と自国で生まれた子に自国の国籍を付与する生地主義(アメリカ合衆国、英国などの英米法系諸国や、ブラジル、ペルーなどの南米諸国に多い)があります。日本は前者を採用しており、2条によると、父母の少なくとも一方が日本国民のとき、子は日本国籍を取得するとされています(父母両系統血統主義。もっとも、2条3号は、無国籍の発生を防ぐために例外的に生地主義による日本国籍の取得も認めています)。
②届出(3条、17条)
3条によると、日本人父または母により認知された子は、法務大臣に届け出ることによって日本国籍を取得できるとされています。婚姻していない日本人父と外国人母との間に生まれた子は、原則として、父から胎児認知された場合をのぞき、出生により日本国籍を取得しませんが、出生後に認知されれば、届出により日本国籍を取得することができます。また、17条によれば、日本国外で出生し、かつ出生により外国国籍を取得した場合に必要な国籍留保をしなかったなどの理由で国籍を失った人は、一定の要件をみたせば、法務大臣に届け出ることによって日本国籍を再取得できるとされています。
③帰化(4-9条)
帰化とは、外国人からの志望にもとづき、国家が行政処分により国籍を付与することをいいます。4条は、外国人が帰化により日本国籍を取得できるとしたうえで(1項)、帰化のためには、法務大臣の許可を得なければならないとしています(2項)。一般の外国人にたいし帰化の許可を与えるための条件として、5条は、居住条件、能力条件、素行条件、生計条件、重国籍防止条件、憲法遵守条件の6つを定めています(この条件により許可される帰化を普通帰化といいます。その他にも、日本と何らかの特別の関係にある外国人について帰化条件を緩和・免除する簡易帰化、日本に特別の功労があった外国人について国会の承認を得て許可される大帰化という制度もあります)。5条に定める条件は、帰化を許可するために必要ないわば最低条件であって、帰化を許可するかどうかは法務大臣の裁量に委ねられています。
――それでは、日本国籍と外国国籍を取得して重国籍になるのは、どのような場合ですか?
日本国籍と外国国籍を取得して重国籍になりうるのは、以下の場合です。
①出生により日本国籍とともに外国国籍を取得する場合
父母の少なくともいずれか一方が日本人ならば、子は出生により日本国籍を取得します。出生により外国国籍をも取得する場合としては、父母のいずれか一方が外国人であって、この外国人父または母の国籍のある国が血統主義をとるために、子がこの国の国籍を取得する場合、そして生地主義をとる国で出生したために、子がこの国の国
籍を取得する場合があります。
②日本人が出生後に自己の志望によらず外国国籍を取得する場合
国によっては、自国民と婚姻した外国人妻に自動的に国籍を付与する国や、認知、準正、養子縁組などにより自国民との間に親子関係が成立した外国人の子に自動的に国籍を付与する国があります。日本人が、このような国の国籍をもつ者と婚姻したり親子になったりすると、自己の志望によらずにこの国の国籍を取得します。
③外国人が出生後に自己の志望により日本国籍を取得する場合
外国人が出生後に自己の志望により日本国籍を取得する場合として、届出と帰化があります。外国人が届出により日本国籍を取得しても、原国籍国の法によれば原国籍を喪失しないとき、この人は重国籍となります。他方で、外国人が日本に帰化するときは、帰化条件の一つに重国籍防止条件(5条1項5号は、「国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと」としています)があるため、原則として重国籍にはなりません。しかし、国によっては、国籍の離脱や国籍喪失を認めない国もあるので、このような国出身の外国人は、条件をみたすことができず、日本への帰化が困難になってしまいます。そこで、5条2項は、本人の意思によってその国の国籍を喪失できない場合には、重国籍防止条件が免除されるとしており、これにより帰化が許可された外国人は重国籍となります。
3.重国籍を防止・解消するための日本の制度
――重国籍を防止・解消するために、日本にはどのような制度があるのですか?
重国籍者がいずれかの国籍を喪失すれば、重国籍は解消されます。日本の国籍法は、日本国籍の喪失を認めているので、日本国籍を喪失すると重国籍は解消されます。外国国籍については、当該外国の国籍法が決めるので、外国国籍を喪失して重国籍が解消されるかどうかは、この国の判断次第です。
国籍法は、以下の場合に日本国籍を喪失するとしています。
①自己の志望による外国国籍取得にもとづく日本国籍の喪失
外国への帰化など自己の志望により外国国籍を取得した日本人は、外国国籍を取得した時から日本国籍を喪失します(11条1項。これにたいし、日本人が外国人との身分行為などにより自己の志望によらず外国国籍を取得したときには、日本国籍を喪失しません)。この場合には、実際には本人に日本国籍を放棄する意思がなくても、自動的に日本国籍を喪失します。
②国籍留保制度と日本国籍の喪失
日本国外で出生し、かつ、出生により外国の国籍を取得した日本人は、3か月以内に日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、出生の時にさかのぼって日本国籍を喪失します(12条)。
③国籍離脱の届出による日本国籍の喪失
外国国籍を有する日本人は、法務大臣に届け出ることによって日本国籍を離脱することができ、この届出の時に日本国籍を喪失します(13条)。
④国籍選択制度と日本国籍の喪失
国籍法は、重国籍解消のための制度として、重国籍者にたいし、所定の期限までに日本国籍か外国国籍かを選択するよう義務づけており、これを国籍選択制度といいます。14条によれば、重国籍者は、重国籍となったのが20歳未満であれば22歳に達するまでに、重国籍となったのが20歳以上であればそのときから2年以内に、日本国籍か外国国籍かを選択しなければならないとされています。この制度との関連でも、日本国籍を喪失することがあります。
――国籍選択制度について詳しく教えてください。この制度にしたがって国籍選択を行うと、重国籍はかならず解消されるのですか?
国籍選択によって重国籍が解消されるかどうかは、重国籍者が外国国籍と日本国籍のどちらを選択するか、またどの方法で選択を行うかでわけて考える必要があります。
まず、外国国籍を選択する場合、選択は、a)届出により日本国籍を離脱する(13条)、b)外国の国籍法にしたがいその国の国籍を選択する(11条2項)という方法で行われます。いずれの場合も日本国籍を喪失するため、外国国籍が選択されると重国籍は解消されます。
つぎに、日本国籍を選択する場合、選択は、c)外国の国籍を離脱する(14条2項前段)、d)日本国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(選択の宣言)をする(14条2項後段)という方法で行われます。c)外国の国籍を離脱すれば、これにより外国国籍を喪失するので重国籍は解消されますが、d)日本国籍の選択宣言によって外国国籍を自動的に喪失するかどうかは、当該外国の国籍法によって決まるので、かならずしも重国籍が解消されるとはかぎりません。自動的に外国国籍を喪失しないときは、宣言した人は、この国の国籍法にしたがってあらためて国籍離脱の手続をする必要があります。もっとも、国籍法は、国によっては国籍の離脱が困難な場合があることに配慮して、宣言した人にたいし、外国国籍の離脱を強制せず、その「離脱に努めなければならない」という努力義務を課すにとどめています(16条1項。ただし、2項は、日本国籍の選択宣言をしたものの外国国籍を失っていない日本人が、自己の志望により外国の公務員に就任し、その就任が日本国籍選択の趣旨に著しく反するときは、日本国籍を喪失することがあるとしています)。そのため、日本国籍の選択宣言をしたものの、外国国籍を喪失・離脱していないために、実際には重国籍のままというケースも少なくありません。なお、期限内に日本国籍を選択しなかった者は、法務大臣から国籍選択の催告を受けた日から一月以内に日本国籍を選択しなければ、その期間が経過したときに日本国籍を喪失するとされていますが(15条3項)、実際にはこのような催告は行われていないようなので、国籍選択をせずに重国籍を放置している人もいます。
以上のように、国籍法は、重国籍を防止・解消するために国籍選択制度を設けていますが、この制度によって重国籍が完全に解消されるというわけではありません。