レファレンダムにおける人民の自由な意思の確認と国家の形成

国際法学会エキスパート・コメント No.2018-1

松浦 陽子(東北学院大学法学部准教授)
脱稿日:2018年5月16日

はじめに

2017年、独立を目指す二つのレファレンダムが相次いで報道されました。同年9月25日にはイラク北部のクルド人自治区において、続く10月1日にはスペインのカタルーニャ自治州においてレファレンダムが実施され、それぞれ、住民の独立への意思は確認されたものと宣言されました。自前の国家を持ちたいという人々の願望は、いつの時代にも、多くの地域で存在します。国際人権規約第1条は「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定」するものと述べています。そうであるならば、レファレンダムで独立への民意が確認された場合に、国家として独立できるのでしょうか。以下では、国際社会において新国家が形成される場合に、レファレンダムとその結果がどのような役割を果たすのかについて検討します。

一 レファレンダムの概要

レファレンダムとは、国政選挙や地方選挙のように有権者が候補者に投票することとは異なり、主権に関わる事項などの特定の問題の是非について有権者が直接投票することにより、決定あるいは助言する制度とされます。また、多くの諸国が採用する代表民主制を補完する制度として、民主主義および人民の主権に照らして、国家による意思決定の正統性を高める手段の一つでもあります。
レファレンダムには、概ね国家レベルで行われる国民投票あるいは人民投票と、地方レベルで実施される住民投票とがありますが、国家の独立をめぐるレファレンダムは、既存国家の一部地域の住民が直接投票するという意味では「住民」投票であり、国家とは区別される人民による投票である点で「人民」投票とも訳されます。いずれにせよ、レファレンダムは、各国家が有するそれぞれの憲法秩序に基づいて、ある場合には国際連合その他の国際機関の支援を背景に、その法的地位が決定されるものであり、有権者の範囲、対象となる事項、拘束力の有無、実施条件、発案者などの組み合わせで多様なレファレンダムが存在します。なお、レファレンダム(英語ではreferenda/referendum)と並んでプレビシット(plebiscite)という用語も国際法学ではほぼ同義に用いられますが、後者は、政治権力者や独裁者の行為を正当化する点に注目してやや批判的に用いられる場合があるため、現在ではより民主的な意味合いを持つレファレンダムという用語が好まれる傾向にあります。

二 自決権の行使において用いられるレファレンダムの意義

① 非植民地化におけるレファレンダム

国際法においては、国家による合意などの平和的方法により、領域の一部を相手国に移転する「割譲」という領域移転の形式があります。かねてよりレファレンダムは、割譲地域の住民の意思を確認するために用いられてきましたが、当該レファレンダムの結果は、割譲の参考とはなるものの、その可否を決定するのはあくまでも国家でした。しかし、国際法上、旧植民地の独立に際して人民の自決権が確立する過程で、施政国による植民地あるいは従属地域の割譲、すなわち独立国家の設立(その他、人民が自由に決定する他国との連合や編入など)の場合には、住民の意思は無視しえないものとなります。旧植民地は、国際連合憲章において、非自治地域および信託統治地域として再編され、ことに後者においては、「自治又は独立に向っての住民の漸進的発達を促進すること」(第76条)が当該制度の目的となります。さらに、1960年のいわゆる「植民地独立付与宣言」では、植民地は「基本的人権を否認するものであり、国連憲章に違反し、世界の平和と協力の促進に対する障害となる」(第1項)と規定され、「全ての人民は、自決の権利を持ち、この権利によって、その政治的地位を自由に決定」(第2項)するものです。そして、「信託統治地域、非自治地域その他のいまだ独立を達成していない全ての地域において、これらの地域人民が完全な独立と自由を享受」できるようすべての権力が人民に委譲されることが求められました(第5項)。当該宣言で確認された「自決の権利」、すなわち自決権は、人民の自由な意思により行使されなければならないため、国連はその手段のひとつとしてレファレンダムを支援し、あるいは監督し、非植民地化を進展させました。
その初期の段階では、イギリス施政下のトーゴランドで”plebiscite”が国連の監督下で実施され、その結果を受けてイギリス領黄金海岸と統合し、フランス施政下のトーゴランドでは、”referendum”により自治権が獲得されました。また最近では、東ティモールにおいて、インドネシアから分離するか否かを決定する”direct ballot”(直接投票)による東ティモール人民の”popular consultation”(人民の協議)が1999年国連により実施され、人民の圧倒的多数が独立を支持したことにより、2002年独立を果たしました。このような非植民地化におけるレファレンダムは、しばしば、独立等の政治的地位の決定に関する質問事項に対しての直接投票に加えて、国づくりのための憲法制定会議選挙の実施や住民との全般的協議を含むものです。

② 独立国からの分離独立をめぐるレファレンダム

さて、非植民地化がほぼ達成された現在、新国家の形成は、主に既存の国家の一部地域が分離独立するという形態をとります。独立の是非を諮るレファレンダム(以下、独立レファレンダムという)はどのような役割を果たしてきたのでしょうか。
自決権は、「人民」を固有の国際法主体として国際社会に登場させるとともに、次のような難題を提起しました。1970年のいわゆる「友好関係原則宣言」は、自決権に関する詳細な規定の中で、「人民の同権又は自決の原則に従って行動し、人種、信条又は皮膚の色による差別なしにその地域に属する人民全体を代表する政府を有するに至った主権独立国家の領土保全又は政治的統一を全体としてあるいは部分的にも分割し又は害するいかなる行動も認め又は奨励するものと解釈してはならない。」といいます。ここからは、自決権が独立を求めて行使される場合に、母国の領土保全の侵害に至ることを許容しないという規範意識を見出すことができる一方で、仮に当該国家が、自決権を侵害し、人民全体を代表していない主権独立国家である場合には、領土保全は保障されないものと読み取ることができます。
国際社会において多くの諸国が、「一方的分離」、つまり中央政府との合意を経ない形で、時には武力闘争を伴いつつ、単独で独立を模索する地域(あるいは集団)を抱えている現状において、自決権と領土保全原則との調和をいかに図るかは重要な問題です。
カナダにおけるケベック自治州は、フランス語を言語とするケベック人(ケベコワ)のアイデンティティを持つ住民が多い地域です。ケベックが主権国家となることに同意するか否かを問う1995年10月30日に実施されたレファレンダムでは、賛成48.5%、反対49.7%という僅差で独立は否決されましたが、このことを受けて、「国際法はケベックに対しカナダから一方的に分離する権利を付与しているのか」という問いがカナダ連邦最高裁判所に諮問されました。諮問意見は、人民の自決権は通常一国内でその政治的・経済的・社会的・文化的発展を遂行するという「内的自決」をとおして満たされること、独立するという「外的自決」は、前述の友好関係原則宣言の規定等から、「内的自決」が阻止される際の最後の手段として、例外的な状況(植民地、外国による征服・支配・搾取の状況、意義ある内的自決権の否定)においてのみ与えられるものであり、ケベックはそのような例外的状況にはないと判断しました。つまり、ケベックにおいて仮にレファレンダムの結果として独立が選択されたとしても、ケベックの住民の内的自決が充足している以上、カナダ全体を無視して独立する権利は与えられません。自決権の主体としての「人民」が権利主体として国際的平面に現れるのは、あくまで例外的状況のみであるといえるでしょう。
ところで、カナダ連邦裁判所は、国際法において「分離権」は法的権利として確立していないのと同時に、「分離」自体は禁止もされていないことを指摘しています。ケベックが、単独では、分離独立する権利をカナダ憲法秩序においても国際法上も有しないということは、裏を返せば、憲法秩序の枠内で、政府との必要な交渉を経た合意に基づく場合、独立する余地があるということを意味します。
このような例として、2014年に実施されたスコットランドの独立レファレンダムが参考になるでしょう。イギリスでは、地方分権改革として「権限委譲」が各地域の状況に合わせて実施されてきました。スコットランドは、民族的・文化的アイデンティティが比較的強い地域であり、独立を標榜するスコットランド国民党が2007年に政権を担って以降、独立レファレンダムに向けた動きを加速しました。スコットランド政府とイギリス政府との「エディンバラ合意」(2012年)により、スコットランド議会の立法で独立レファレンダムを実施することが可能となり、2013年にはスコットランド独立レファレンダム法が制定されています。この流れは、スコットランドがイギリス政府との交渉において周到にレファレンダムの法的整備を進めたことを意味します。2014年9月18日の独立レファレンダムでは、投票率84.6%、賛成44.7%、反対55.3%で独立は否決されましたが、結果によっては独立が可能であったことが注目されます。スコットランドの事例は、独立国の一部地域が独立を志向する場合に、母国の同意を得ること、両者の交渉を経てレファレンダム手続きに疑念が生じないよう実施したことの重要性を物語っています。

三 クルド人自治区およびカタルーニャ自治州におけるレファレンダムの評価

近年の事例では、以上のような独立レファレンダムの教訓は生かされているのでしょうか。まず、イラクのクルド人自治区において2017年9月25日に実施された独立レファレンダムがあります。クルド人はイラク、シリア、トルコ、イランの山岳地帯にまたがり、「国家を持たない最大の民族」と呼ばれます。2003年のイラク戦争以後、イラクとシリアで「イスラム国」(ISIL)が台頭したことを受けて、クルド人治安部隊ペシュメルガがそれらを撃退するなど、その活躍は国際的にも評価されました。そうした存在感の強まりを背景に実施された独立レファレンダムでは、投票率約72%、賛成票約93%と報道されました。その結果を受けて、クルド人自治政府のバルザニ議長は、2年間の協議期間を設けてイラク政府と交渉する意向を示しましたが、当該レファレンダムに対して、国内にクルド人を抱えるトルコやイラン、アメリカなどの諸国は反対の意思を示し、国内でもイラク政府およびイラク最高裁判所は違憲と判断しました。イラク政府は自治区内の国際線発着を禁止し(後に空港管理権を掌握して運航再開)、クルド人による実効支配下にあった油田地帯キルクークを軍事的に奪還するなど、自治区に対する政治的・経済的圧力を強化しました。その責めを負い辞任したバルザニ議長に代わり、現在自治区の政治を担う甥のバルザニ首相は、イラク政府および周辺諸国との関係改善の中で自治区の再建を図ろうとしています。
続いて、スペインにおいても、2017年10月1日、カタルーニャ自治州の独立レファレンダムが実施されました。カタルーニャは1978年カタルーニャ自治憲章により自治権を有し、マドリードとの闘争の歴史、独自の文化および良好な経済状況を背景に、2006年、自治権拡大を目指して自治憲章の改正を主張しました。これに対してスペイン政府および憲法裁判所は違憲と判断し、独立運動が加速します。カタルーニャはEU残留の上での独立を目指しましたが、EUはスペイン政府を支持し、独立に反対姿勢を示しました。そうした中実施された独立レファレンダムでは、賛成票約90%、反対票8%と報道され、カタルーニャ自治州は議会で独立宣言を採択しました。しかし、当該レファレンダムを憲法裁判所が違憲と判断したのみならず、スペイン政府はその撤回を求めます。スペイン政府はカタルーニャの自治権停止に踏み切り、州議会を解散し、カタルーニャ前首相プチデモン氏らを反逆罪等で訴追しました。カタルーニャにおける独立への民意は、スペイン官憲による妨害がありながら独立レファレンダムの投票率が約43%であったこと、その後の州議会選挙で再び独立派が勝利したことからある程度推測できます。また、現在国外にいるプチデモン氏に代わり、独立派のトラ氏が州首相に指名されており、独立への動向は今後も注目されるものと思われます。
ところで、先のケベックに関する諮問意見では、政治的事実としてケベックが分離に成功するならば、国際社会からの国家承認が与えられ、実際問題として国家が成立する可能性があることもまた指摘されました。国家の成立は、事実として、実効性要件の充足を意味し(いわゆる「モンテビデオ条約」第1条によると、永続的住民、明確な領域、政府、他国と関係を取り結ぶ能力)、他国による国家承認は、現在の国際法理論上、新国家創設の要件ではないものの、現実として、国際社会の多くの諸国から国家承認を付与されることは当該新国家の存続を確かな事実とするものです。
しかしながら、クルド人自治区およびカタルーニャ自治州に関しては、スコットランドの事例のような母国の同意は存在せず、憲法秩序における合法性に対する疑義も存在しました。また、他国からの承認は、国際社会(あるいは諸国)からの支持、国際法の遵守、独立レファレンダムの正統性など、多くの法的・政治的考慮に依存するものであり、このような点からも両者に対する承認は現状では困難であるといえるでしょう。

終わりに

以上のように、独立レファレンダムは人民の自由な意思を確認する手段として、国家が独立する際にしばしば用いられてきました。独立を志向する地域の住民は、自決権の主体としての正統な「人民」である一方で、国家全体の「人民」もまた、正統な存在です(ケベックに関する諮問意見)。これまでの独立レファレンダムの経験は、独立が上記「人民」の二律背反となる可能性を持つ以上、交渉による合意の形成は重要であること、ならびに、独立レファレンダムの内容と手続きを法的に整備することにより、自決権が要請する「人民の自由な意思」を保障し、その正統性を確保することの重要性を示しているといえるでしょう。これまでに、市民に対する十分なキャンペーン、独立レファレンダムの質問事項の明確さ、また、一定の実投票者数を基準とした多数者(majority)の評価など、様々な重要な教訓が、独立レファレンダムを実施した諸国あるいは支援した国連などの国際機関の実行から蓄積されてきています。