人事訴訟法等の改正による国際裁判管轄規定等の新設について

国際法学会エキスパート・コメント No.2018-3

北坂 尚洋(福岡大学法学部教授)

Ⅰ はじめに

このコメントでは、2018年4月25日に公布された「人事訴訟法等の一部を改正する法律」(以下では、「法律」という。)に焦点を当て、法律が定めている国際裁判管轄権(以下では、「管轄権」という。)や外国裁判の承認についての規定を概説します。

以下では、まず、法律成立までの状況を簡単に説明した上で(Ⅱ)、離婚の訴えを例にして、人事に関する訴えについて(Ⅲ)、そして、親権に関する審判事件や普通養子縁組の許可の審判事件を例にして、家事審判事件を中心に(Ⅳ)説明します。その上で最後に、法律制定後に残された問題を指摘します(Ⅴ)。

なお、法律は、2019年4月1日に施行されることとなったので、このコメント執筆時点(2018年12月3日)では未施行です。

Ⅱ これまでの状況

これまで、(a)離婚や普通養子縁組の離縁の訴え等、人事訴訟法(以下では、「人訴法」という。)が定める人事に関する訴え(人訴法2条)や、(b)親権に関する審判事件や普通養子縁組の許可の審判事件等、家事事件手続法(以下では、「家事法」という。)が定める家事審判事件や家事調停事件についての国際裁判管轄規定(以下では、「管轄規定」という。)は、法の適用に関する通則法5・6条に定められている管轄規定(後見開始の審判や失踪の宣告の審判についての管轄規定)を除くと、日本法には存在しないと理解されてきました。そして、どのような場合に、これらについて、日本が管轄権を有するかは、条理によって判断され、学説や判例では、それについてさまざまな解釈論・立法論が展開されてきました。また、これまで、人事に関する訴えや家事審判事件に係る外国裁判の承認についても議論されてきました。

法律は、人事に関する訴えについての管轄規定を人訴法に、家事審判事件や家事調停事件についての管轄規定と、それらに係る外国裁判の承認についての規定を家事法に挿入すること等を定めるものです。

Ⅲ 人事に関する訴え

1 管轄権

(1)判断枠組み

法律が定めることの1つは、人事に関する訴えについての管轄規定を人訴法に挿入することです。この管轄規定は、国内土地管轄権について定める規定(人訴法4~8条)の前に挿入されています。

その判断枠組みは、民事訴訟法(以下では、「民訴法」という。)に定められている管轄規定と同様の判断枠組みです。すなわち、①管轄原因を定めた規定(人訴法3条の2~3条の4)のいずれかに該当すれば、日本の管轄権が認められることが原則となるが、②この場合であっても、日本で裁判することが当事者間の衡平、裁判の適正・迅速に反する特別の事情(人訴法3条の5)があれば、日本の管轄権は認められないという2段階の判断枠組みが採用されています。

(2)人訴法3条の2

人事に関する訴えについての管轄規定で、その中心となるものは、人訴法3条の2です。人訴法3条の2では、離婚の訴え等の個別の訴えごとに管轄規定を定めるのではなく、これらを「人事に関する訴え」として1つにまとめて、どのような場合に日本が管轄権を有するかを定めています。

人訴法3条の2によれば、1号から7号までのいずれかに該当するとき、日本は、人事に関する訴えについて管轄権を有することが原則となります。離婚の訴えについて説明すると、離婚の訴えに関係する規定は、1号、5号、6号、7号の4つです。すなわち、①被告の住所が日本にあるとき(1号)、②夫婦双方が日本の国籍を有するとき(5号)、③原告の住所が日本にあり、かつ、夫婦が最後の共通住所を日本に有していたとき(6号)、④原告の住所が日本にあり、かつ、(ア)被告が行方不明であるとき、(イ)被告の住所地国でされた同一の身分関係についての訴えに関する確定判決が日本で効力を有しないとき、(ウ)日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を図り、又は、適正かつ迅速な審理の実現を確保することとなる特別の事情があると認められるとき(7号)のいずれかに該当すれば、日本の管轄権が認められることが原則となります。

法律には、人事に関する訴えについて合意管轄や応訴管轄を認める規定はなく、人事に関する訴えについて、合意や応訴だけでは管轄権は認められないことになります(なお、家事法3条の13第3号は、家事調停事件では合意管轄を認めるほか、家事法3条の11第4項によれば、遺産分割に関する審判事件でも、合意管轄が認められます)。

(3)特別の事情による却下(人訴法3条の5)

人訴法3条の2から3条の4のいずれかによって、日本が管轄権を有する場合であっても、人訴法3条の5によれば、日本の裁判所は、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地、未成年子の利益その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は、適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができることとなっています。これは、民訴法の管轄規定で特別の事情による却下について定める民訴法3条の9と同じ機能を果たす規定ですが、人訴法3条の5では、特別の事情の有無の判断における考慮要素として、家族関係事件で重要となる未成年子の利益が追加されています。

 

2 外国判決の承認

これまで、人事に関する訴えに係る外国判決の承認にも民訴法118条が適用されるかについて、(a)民訴法118条は全面的に適用されるとする見解と、(b)民訴法118条は適用されるが、相互の保証の要件(4号)を不要とする見解等が主張されてきました。全面適用説が有力で、判例・戸籍実務もこの立場であるといわれています。

法律では、どのような場合に、人事に関する訴えに係る外国判決が日本で承認されるかを定める規定は置かれませんでした。全面適用説が維持されるという理解であると説明されています。

Ⅳ 家事審判事件

1 管轄権

(1)判断枠組み

法律では、親権に関する審判事件や普通養子縁組の許可の審判事件等の家事審判事件、そして、家事調停事件についての管轄規定を家事法に挿入することも定められています。この管轄規定は、国内土地管轄権について定める規定(家事法4~9条)の前に挿入されています。

そして、家事法に挿入される管轄規定でも、民訴法や人訴法の管轄規定と同じ判断枠組みが採用されています。すなわち、①管轄原因を定めた規定(家事法3条の2~3条の13)のいずれかに該当すれば、日本の管轄権が認められることが原則となるが、②この場合であっても、日本で裁判することが当事者間の衡平、裁判の適正・迅速に反する特別の事情があれば、日本の管轄権は認められない(家事法3条の14)という2段階の判断枠組みが採用されています。

ただ、前述の人訴法が、離婚の訴え等の個別の訴えごとに管轄規定を定めず、これらを「人事に関する訴え」として1つにまとめて管轄規定を定めたのとは異なり、家事法は、家事審判事件については、個々の事件類型ごとに管轄規定を定めています。

(2)親権に関する審判事件等についての管轄規定(家事法3条の8)

家事法3条の8によれば、親権に関する審判事件等については、子の住所が日本にあるとき、日本は管轄権を有することになります。これらの事件では、子の利益を保護するために、裁判所は、後見的立場から迅速に処理する必要があることから、子の住所地に管轄を認めています。

ここでいう親権に関する審判事件は、親権者変更等に関する裁判のことであり、離婚の訴えに伴う親権者指定等に関する裁判は含まれません。離婚の訴えに伴う親権者指定等に関する裁判についての管轄規定は、人訴法3条の4です。これによれば、子の住所が日本になくても、離婚の訴え等について日本の管轄権が認められれば、離婚の訴えに伴う親権者指定等の裁判について、日本の管轄権が認められることが原則となります。

なお、親権に関する審判事件等が日本の裁判所に係属中に、日本への子の連れ去り等があったとの通知があった場合の取扱いについては、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」の152条が定めています。これによれば、親権者指定等の裁判が係属している日本の裁判所に対して、日本への子の連れ去り等があったことが通知されたとき、親権者指定等の裁判が係属する日本の裁判所は、子の返還の申立てが相当の期間内にされないとき、又は、子の返還の申立てを却下する裁判が確定したときを除いて、親権者指定等の裁判をすることはできません。

(3)普通養子縁組の許可の審判事件等についての管轄規定(家事法3条の5)

家事法3条の5によれば、普通養子縁組の許可の審判事件等については、養親となる者又は養子となる者の住所が日本にあるとき、日本は管轄権を有することになります。養子縁組の成立を目的とする審判事件では、養親と養子の利害が対立することは多くなく、養親となる者又は養子となる者いずれかの住所が日本にあれば、養親や養子の適格性等の審査に支障が生じないこと等が根拠になります。

なお、養子縁組の解消である離縁のうち、普通養子縁組の離縁の裁判は、養親と養子の間の争訟性が強い事件類型であることから、人事に関する訴えとされています。したがって、その管轄権は、前述した人訴法3条の2によって判断されます。また、特別養子縁組の離縁の裁判は、相手方のない審判事件とされていますが、養親と養子の間の争訟性が強い事件類型であるため、特別養子縁組の離縁の審判事件についての管轄規定である家事法3条の7は、人事に関する訴えになぞらえた規定となっています。

(4)特別の事情による却下(家事法3条の14)

家事法3条の14によれば、遺産分割に関する審判事件で合意により日本が専属管轄権を有する場合を除いて、家事法3条の2から3条の13のいずれかにより、日本が管轄権を有する場合であっても、特別の事情がある場合には、その申立ては却下されることになります。この規定は、前述の人訴法3条の5と同趣旨の規定です。

 

2 外国裁判の承認

(1)これまでの状況

これまで、家事審判事件に係る外国裁判の承認については、条理により、又は、民訴法118条の一部の要件を準用して、間接管轄の要件(1号)と公序の要件(3号)のみを満たすことが必要であるとの見解が有力に主張されてきました。この見解は、家事審判事件等の非訟事件は、通常、争訟性の弱い事件類型であることから、被告の防御の機会を保障する送達の要件(2号)は不要であり、また、不均衡な身分関係の発生防止の要請から、相互の保証の要件(4号)も不要である等と考えるものでした。これに対して、非訟事件の中には、財産分与に関する審判事件や親権に関する審判事件等、争訟性の強い事件類型もあり、争訟性の強い事件類型については民訴法118条を全面適用するか、準用するにしても要件をあまり緩和しないことが妥当であるとの主張もされてきました。

(2)家事法79条の2

法律によれば、家事審判事件等に係る外国裁判の承認についての規定として、家事法79条の2が挿入され、この規定が、家事審判事件等に係る外国裁判の承認について定める明文規定となります。もっとも、家事法79条の2では、家事審判事件等に係る外国裁判の承認は、「その性質に反しない限り、民訴法118条を準用」して判断すると定められるにとどまっています。したがって、これまでの議論を立法的に解決するものではなく、議論は今後も残ることになります。

Ⅴ 残された問題

法律の制定により、人事に関する訴え、家事審判事件、そして、家事調停事件についての管轄規定が、これまでよりも明確になります。

しかし、管轄規定についてみると、人訴法3条の5や家事法3条の14が定める「特別の事情」がどのような場合に存在することになるかという解釈問題が残されています。また、後見開始の審判が行われたことを前提とする事件(例えば、成年後見人の選任の審判事件)についての管轄規定や、未成年後見人が選任されたことを前提とする事件(例えば、未成年後見人の辞任についての許可の審判事件)についての管轄規定は、「人事訴訟事件及び家事事件の国際裁判管轄法制に関する中間試案」には存在しましたが、法律にはありません(その理由については、畑瑞穂「家事事件にかかる国際裁判管轄」論究ジュリ27号44頁(2018年)等を参照)。これらの管轄権については、引き続き、条理により判断されることになります。

さらに、外国裁判の承認に関しても、家事法79条の2の具体的な承認要件は何かという前述した問題のほか、間接管轄権をどのように判断するか等の問題について、依然として議論が続くことになるでしょう。また、これまでの戸籍実務によれば、養子縁組は、外国裁判に基づくものであっても、法の適用に関する通則法31条が指定する準拠法上の要件を満たす場合に限って、日本で効力をもつことを原則としてきましたが、法律によれば、養子縁組の成立に係る外国裁判の承認では、家事法79条の2によって、準拠法要件が不要とされ、戸籍実務が変更される可能性もありうると思われます。