平壌共同宣言と朝鮮戦争

国際法学会エキスパート・コメント No.2019-1

広見 正行(上智大学特別研究員)

脱稿日:2018年12月28日

1.はじめに

 大韓民国(韓国)の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩国務委員長は、2018年9月18日から20日にかけて3度目の南北首脳会談を平壌で行い、19日、平壌共同宣言に署名しました。同日行われた記者会見において韓国大統領府の尹永燦(ユン・ヨンチャン)国民疎通首席秘書官は、平壌共同宣言を「実質的な(朝鮮戦争の)終戦宣言」と評しています。
 朝鮮戦争は、1950年6月25日、北朝鮮軍が韓国に軍事侵攻したことにより開始されたものと考えられています。国連安全保障理事会は、同年6月27日、「国連加盟国が、武力攻撃の撃退及び地域の国際の平和及び安全の回復に必要な援助を大韓民国に対して提供することを勧告する」決議83を採択しました。さらに、同年7月7日には、国連加盟国の提供する軍隊を米国政府の下にある統一司令部に配置すること、統一司令部に国連旗の使用を容認することを定める決議84を採択しました。これらの安保理決議によって、朝鮮戦争は、米軍を中心とする朝鮮国連軍(韓国を含む17カ国から成る国連軍)と北朝鮮との間の武力紛争となります。その後、朝鮮国連軍が攻勢となり、38度線を超えて中国国境線に向かって北朝鮮軍を追撃したことから、中国義勇軍の参戦を招き、戦況は膠着状態となります。この間、国連司令部と北朝鮮・中国との間で休戦交渉が行われ、最終的に、1953年7月27日、朝鮮休戦協定が締結されています。
 朝鮮休戦協定の締結から65年経過した今、なぜ終戦宣言が政治的関心事となっているのでしょうか。以下では、平壌共同宣言の成立の経緯や具体的な規定を見ながら、朝鮮戦争との関係において平壌共同宣言がいかなる意義と課題を有しているかについて考えていきたいと思います。
 

2.成立の経緯

(1)2018年4月27日の南北首脳会談と板門店宣言

 平壌共同宣言は、2018年に行われた3度に及ぶ南北首脳会談の結果、署名されました。文在寅大統領と金正恩国務委員長との間での第1回南北首脳会談は、2018年4月27日に行われました。前回の南北首脳会談は2007年に韓国の盧武鉉大統領と北朝鮮の金正日朝鮮労働党総書記との間で行われていますので、約11年ぶり、北朝鮮が金正恩体制になってから初の南北首脳会談となりました。この2018年に行われた第1回南北首脳会談(通算3回目)において、南北両首脳は、板門店宣言に署名しました。板門店宣言は、朝鮮半島の平和と繁栄、統一のために韓国と北朝鮮が合意した「一般的な目標」を定めたものであり、平壌共同宣言は、この板門店宣言を履行するための「具体的な措置」を定めたものと位置付けることができます。板門店宣言第3項は、柱書で「朝鮮半島で非正常な現在の休戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立する」ことを目標として、次のように定めています。

  • ③南北は、休戦協定締結65年となる今年、終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のため、韓国、北朝鮮、米国3者または韓国、北朝鮮、米国、中国4者会談の開催を積極的に推進していく。
  • ④南北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した。
  • ●板門店宣言の全文(日本語訳)は、毎日新聞2018年4月28日朝刊9面、日本経済新聞2018年4月28日朝刊9面、読売新聞2018年4月28日朝刊6面、朝日新聞2018年4月28日朝刊10面等に掲載されています。

(2)2018年6月12日の米朝首脳会談と米朝首脳共同声明

 板門店宣言(や2018年5月26日の第2回南北首脳会談)を受けて、2018年6月12日、トランプ米大統領と金正恩国務委員長が、史上初の米朝首脳会談を行い、米朝首脳共同声明に署名しました。米朝首脳会談に先立ち、トランプ米大統領は、朝鮮戦争の終結を宣言する合意文書を調印することを検討していましたが、最終的に署名された米朝首脳共同声明には、終戦宣言は盛り込まれませんでした。そのため、米朝首脳共同声明は、先に見た板門店宣言の第3項③(終戦宣言)に触れていない一方、板門店宣言の第3項④(朝鮮半島の非核化)を踏まえて次のように定めています。

  • トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証(security guarantees)を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全な非核化への確固とした約束を再確認した。
  • 3.2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する。
  • ●米朝首脳共同声明の全文(日本語訳)は、毎日新聞2018年6月13日朝刊3面、日本経済新聞2018年6月13日朝刊11面、読売新聞2018年6月13日朝刊8面、朝日新聞2018年6月13日朝刊10面等に掲載されています。

 

3.平壌共同宣言の規定

 以上の板門店宣言および米朝首脳共同声明を受けて、平壌共同宣言は、第1項において、次のように定めています。

  • 1.南北は、非武装地帯をはじめ対峙地域での軍事的な敵対行為の停止(the cessation of military hostility)を朝鮮半島全地域での実質的な戦争危険の除去と根本的な敵対関係の解決(a fundamental resolution of the hostile relations)に進展させることにした。

 敵対行為の「停止」を敵対関係の「解決」に進展させるという意味において、第1項の規定は、板門店宣言第3項③の定める「終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換し」と対応関係にあると考えることができます。しかしながら、米朝首脳共同声明は終戦宣言に触れておらず、また、平壌共同宣言第1項の主語は「南北は」となっているため、第1項は韓国と北朝鮮との間の合意であり、米国は関係していないと解されます。他方で、朝鮮半島の非核化については、第5項において、次のように定められています。

  • 5.南北は、朝鮮半島を核兵器と核の脅威のない平和の地としていくこととし、このために必要な実質的な進展を早期に成し遂げなければならないとの認識で一致した。
  • ①北朝鮮は、東倉里のエンジン実験場とミサイル発射台を関係国の専門家の立ち会いの下で、まず永久に廃棄することにした。
  • ②北朝鮮は、米国が6月12日の米朝共同声明の精神に基づいて相応の措置をとれば、寧辺の核施設の永久的な廃棄などの追加的な措置をとり続けていく用意があると表明した。

 平壌共同宣言は韓国と北朝鮮との間の合意ですが、第5項②では、北朝鮮が追加的な非核化措置をとる条件として、米国が米朝首脳共同声明に基づいて「相応の措置」をとることが定められています。そのため、平壌共同宣言第5項②は、米朝首脳共同声明と密接に関係し、実質的には、朝鮮半島の非核化に関する米国、韓国、北朝鮮の3者間の政治的合意と考えることができます。平壌共同宣言第5項②のいう「相応の措置」とは、米朝首脳共同声明前文の定めるところの米国が「北朝鮮に安全の保証(security guarantee)を与えること」と考えられます。しかし、現在までのところ、トランプ米大統領は、この「安全の保証」が具体的に何を意味するかを明らかにしていません。北朝鮮による非核化の条件となる米国による「安全の保証」の具体的内容は、今後行われる予定の米朝協議に委ねられています。
 北朝鮮の核問題に関しては、2006年10月以降、国連安全保障理事会の決議に基づく経済制裁が実施されているほか、各国が独自に実施する経済制裁も行われています。そのため、朝鮮半島の非核化を朝鮮戦争の終戦宣言から切り離して考える限り、北朝鮮による非核化の条件は、米国による経済制裁の解除であると考えることもできるように思われます。しかしながら、たとえ米国が経済制裁を解除したとしても、北朝鮮と米国との間に軍事的な緊張関係が続く限り、軍事的に米韓より劣位に立たされている北朝鮮が非核化を行う可能性は低いと考えられます。このように考えると、北朝鮮による非核化の条件となる米国による「安全の保証」とは、朝鮮休戦協定後も続く敵対関係の根本的解決、すなわち、終戦宣言を意味すると考えることもできます。

  • ●平壌共同宣言の全文(日本語訳)は、毎日新聞2018年9月20日朝刊8面、日本経済新聞2018年9月20日朝刊9面、読売新聞2018年9月20日朝刊9面等に掲載されています。

 

4.国際法における戦争(国際的武力紛争)の終結

 1928年に不戦条約が採択される以前の伝統的国際法において、戦争は平和条約によって終了されるものと考えられていました。伝統的な平和条約は、戦勝国が欲する和平条件(領土の割譲や償金の支払)を敗戦国が受諾することを要件として、戦争を終結させる効果を有していました。一般的に、紛争当事国は、和平交渉や平和条約の締結に先立って休戦協定を締結しました。しかしながら、敗戦国が戦勝国の要求する和平条件を受諾しなければ、戦勝国は休戦協定を破棄して戦闘を再開・継続することができ、究極的には敗戦国を征服することもできるものとされていました。この意味で、伝統的な休戦協定は、文字通り、「戦闘の(一時的)休止」を意味し、敵対行為を全般的に「停止」させる一方、戦争を「終結」させる機能を有していませんでした。
 しかしながら、遅くとも国連憲章が採択された1945年以降、休戦協定は、平和条約に代わって国際的武力紛争を終結させる機能を有するようになったと考えられます(詳細は、広見正行「国連憲章における休戦協定の機能変化-朝鮮休戦協定を素材として」『上智法学論集』第57巻4号(2014年)293−321頁参照)。たとえば、友好関係原則宣言は、「いずれの国も……自ら締約国である……国際的な合意……に従って確定された休戦ライン等の国際境界線を侵すような武力による威嚇又は武力の行使を慎む義務を負う」と定めています。つまり、紛争当事国は、休戦協定の締結以降、武力による威嚇または武力の行使を慎む義務(武力行使禁止義務)を負うこととなります。
朝鮮休戦協定も、休戦協定の締結後の武力行使を禁止する義務を定めています。朝鮮休戦協定第2条12項は、次のように定めています。

  • 両対立陣営の指揮官は、……その管理の下にある陸海空軍のすべての部隊及び人員を含むすべての軍隊による朝鮮におけるすべての敵対行為の完全なる終止(a complete cessation of all hostilities)を命令し執行する。

 さらに、韓国と北朝鮮は、冷戦終結後の1991年12月に基本合意書(「南北間の和解と不可侵及び交流・協力に関する合意書」)に署名し、基本合意書は1992年2月に発効しています。基本合意書第9条は、次のように定めています。

  • 両国は、相互に武力を行使せず、かつ、相互に武力侵略を行わないことを約する。

 このように、米国・韓国と北朝鮮との間では、朝鮮休戦協定の発効以降、武力を行使することが禁止されているため、朝鮮戦争は1953年の朝鮮休戦協定の発効により終結したものと考えることができます(新たに武力が行使された場合、それは朝鮮戦争の開始原因となった北朝鮮による武力南侵とは無関係であるため、新たな国際的武力紛争としてカウントされ、休戦協定締結以前の朝鮮戦争とは「切断」されると考えられます)。
 

5.平壌共同宣言の意義と課題

 しかしながら、たとえ休戦協定が、発効以降の武力行使を禁止し、国際的武力紛争を終結させる機能を有するとしても、それは武力行使の不在という意味での「消極的平和」に過ぎないこともまた事実です。とりわけ、米国・韓国と北朝鮮とは、38度線に設定された非武装地帯を挟んで、朝鮮休戦協定の締結後も軍事的緊張状態が続いてきました。2010年3月には韓国海軍哨戒船・天安(チョナン)号が北朝鮮の小型潜水艇から発射された魚雷により沈没し46名が犠牲になる韓国哨戒船沈没事件が発生し、また、同年11月には南北軍事境界線に近接した韓国の延坪島(ヨンピョンド)に対し北朝鮮が砲撃を行い4名が死亡した延坪島砲撃事件が発生するなど、新たな武力紛争が発生しかねない軍事的緊張状態が朝鮮休戦協定の締結後も続いてきました。
 この度の平壌共同宣言は、このような戦争の危険を除去するため、(1991年の基本合意書で設置が決められていた)南北軍事共同委員会の速やかな稼働を定めるなど(第1項②)、偶発的な軍事衝突を回避するための具体的措置を定めた点に意義があると考えられます。また、北朝鮮による非核化の条件として、米国が「安全の保証」を与える意図を示した点においても意義を有していると思われます。これらの措置は、朝鮮休戦協定の締結後も続く軍事的緊張状態を根本的に解決し、関係国間の友好関係、平和体制を構築しようとする意味で、「消極的平和」に過ぎない休戦状態を「積極的平和」へと転換させようとするものと評価することができるでしょう。実際に、朝鮮休戦協定は、将来的に平和条約等の平和的解決に関する関係当事者間の合意に取って代わられることを予定しています。朝鮮休戦協定第5条62項は、次のように定めています。

  • 本休戦協定の条項は、……双方の間で政治的次元での平和的解決に関して適切に合意された規定により明示に代位されるまで効力を存続する。

 他方で、平壌共同宣言(及び米朝首脳共同声明)には、北朝鮮の非核化に向けた工程(期限や具体策)が示されておらず、今後の米朝協議に委ねられている点は課題として残されていると考えられます。韓国と北朝鮮は、まず板門店宣言において、朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための「一般的な目標」を定めたのに対し、その後、平壌共同宣言において、板門店宣言を履行するための「具体的な措置」を定めています。これと同様に、米国と北朝鮮との間でも、まず米朝首脳共同声明において、朝鮮半島の非核化のための一般的な目標を定めましたが、②今後、累次の米朝首脳会談を通じて、北朝鮮の非核化に関する具体的工程や米国のとる「相応の措置」の具体的内容を定める国際文書に署名することが期待されます。ただし、朝鮮戦争の終戦宣言に関しては、現在までのところ、朝鮮休戦協定に署名した一当事者であり、北朝鮮の最大の支援国でもある中国が直接的に関与していないため、どのように中国が関与するかも課題として残されているように思われます。