欧州連合(EU)と投資問題

国際法学会エキスパート・コメント No.2019-2

中西 優美子(一橋大学大学院法学研究科教授)

脱稿日:2019年1月21日

はじめに

 イギリスのEU離脱が日本企業にとって大きな関心事であるのは、ヨーロッパの中でもなかんずくイギリスに多額の投資を行ってきているからです。世界的に見ても、貿易のみならず、投資が重要な経済的なファクターになっています。欧州連合(以下EU)(かつての欧州共同体(EC))は、物の自由移動を中心にした、関税同盟の設立を最初の到達目標にし、その後、人、物、資本及びサービスの4つの自由移動が確立される国境のない域内市場の設立を目標にしました。それでは、EUの投資はどのようになっているでしょうか。

 2009年12月1日にリスボン条約が発効しました。この条約の発効はEUの投資に大きな変化をもたらしました。この変化を受け、第三国と締結する協定の内容も大きく変更されました。以下において、投資に関する権限、第三国との協定(FTAと投資保護協定)、そして、現在議論されている投資裁判所の設立について説明していきたいと思います。これらの問題は、EU構成国に投資を行い、経済連携協定(EPA)を締結し、さらに投資保護協定を交渉中の日本に深くかかわってきます。

1.投資に関する権限

 EUは国家でなく、構成国から条約により権限を付与されています。EUは、付与された権限の範囲内において行動することができます(権限付与の原則)(EU条約5条)。通商政策分野においてもともとは主に物の貿易に関する権限のみを付与されていました。しかし、世界的な通商政策の概念が物の貿易からサービス貿易、知的財産に関する貿易などへと広がっていきました。リスボン条約によりEC条約133条が大幅に改正され、対外直接投資がEUの通商政策に属することになりました(EU運営条約207条)。

 リスボン条約以前は、対外直接投資分野は構成国の権限に属し、構成国がそれぞれ第三国と投資協定を締結していました。しかし、同条約発効以降は、同分野はEUの権限になりました。さらに、同権限は、排他的権限、つまり、EUのみが権限が有し、その結果EUのみが第三国と交渉し、協定を締結することができるという性質のものです(EU運営条約2条1項、3条)。EU構成国は既に第三国と多数の投資協定を締結してきました。また、EU運営条約315条は、構成国が締結した既存の条約の尊重を規定しています。そのため、2012年にEUにおいて、構成国と第三国間における二国間投資協定の過渡的な取決めを設定する規則1219/2012が採択されました1)。これは、構成国が第三国と再交渉をし、当該構成国が締結した協定に代わって、EUが自ら投資協定を締結するまでの過渡的な措置です。

 投資は、EU法においては、直接投資と非直接投資に分けられます。直接投資は、資本を与える者と経済活動を実施するために資本が利用可能となる企業間の継続的かつ直接的な関係を設定するまたは維持することに寄与する自然人または法人によりなされる投資と定義されています。他方、典型的な非直接投資は、企業の経営及びコントロールに影響を与えることなく金融投資をする意図をもって会社の証券を取得する形で行われる投資(ポートフォリオ投資)です。EU運営条約207条にEUに新たに権限が付与されたのは、対外直接投資の分野です。それゆえ、対外非直接投資の分野はEUと構成国のどちらに権限が属するのかという問題が残っていました。EU司法裁判所は、2017年5月にEUとシンガポール間の自由貿易協定(FTA)に関する裁判所意見2/15において、これについて明確化しました。対外直接投資については、EUが排他的権限を有するとしましたが、非直接投資についてはそれを否定しました。もっとも、非直接投資につき、裁判所は、第三国との間に資本及び支払の自由の設定に寄与する国際協定の締結が域内市場の目的の1つであるそのような自由移動を十分に達成するために必要であるとし(EU運営条約216条1項)、域内市場に関する権限がEUと構成国の共有権限(EU運営条約2条2項、4条2項(a))に属するために、非直接投資については、EUは共有権限を有するとしました。もっとも、これまで議論のあった問題、つまり、EU運営条約345条の所有権に関する条文については、FTAの9.6条は国有化や収用の決定が衡平な条件の下でかつ一般原則及び基本権、とりわけ非差別の原則を遵守しつつなされるよう、投資家を保護する意図をもっているとし、この条文が対外直接投資分野におけるEUの排他的権限を制限するものではないとしました。

2.自由貿易協定及び投資保護協定

 EUは、特にリスボン条約以降、新世代(new generations)の協定と呼ばれる、自由貿易協定(FTA)を交渉し、また、締結してきています。EUは、FTAの中に投資章を設けていました。例えば、暫定的適用が開始されました、EUとカナダの間の包括的経済貿易協定(CETA)は、投資章(「8章 投資」)を包含しています。しかし、上述しました、EUとシンガポール間のFTAに関する裁判所意見2/152)において、EU司法裁判所は、非直接投資はEUと構成国間の共有権限に属するとし、また、投資家対国家の紛争解決(Investor-State dispute settlement、ISDS)事項についても共有権限に属するとしました。この裁判所意見を受け、欧州委員会は、FTAの規定事項から非直接投資とISDSにかかわる投資保護を切り離すことにしました。この後、EUはシンガポールとFTAを再交渉し、投資保護を含まないFTA投資保護協定の2つの協定を締結する方針に変更しました。EUと日本間のEPAについても投資保護については切り離され、投資の自由化のみが8章「サービス貿易、投資自由化及び電子商取引」に規定されることになりました。EUと日本は、投資保護協定について現在交渉中です。シンガポールは、後述しますが、EUが提案している投資裁判所の設立に合意しています。他方、日本は、現在のところ、それに合意せず、後述するようなEU司法裁判所の判断を待っている状況にあります。

3.投資裁判所の設立3)

 もともとのEUとシンガポール間のFTAには投資章が含まれていましたが、紛争解決手段として投資裁判所の規定はなくISDSが規定されるにとどまっていました。また、ISDSが規定され、EUが責任をもつ場合もでてくるため、EUが当事者である国際協定によって設定される投資家対国家の紛争解決、裁判あるいは仲裁に関する財政的な責任を管理するための枠組を設定する規則912/2014が採択され、2014年に発効しています4)

 ISDSは、投資家自身が原告になることができるという意味で従来の国家による外交的保護よりも投資家の保護が進んでいると捉えられます。しかし、ISDSは、民主的正統性の観点からは理想的なものではないとされています5)。欧州議会において、EUとアメリカの大西洋貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)に関するISDSが議論されているときに、投資裁判所案の必要性が強調されました6)。その後、欧州委員会も欧州議会における議論を尊重し、FTAの中にISDSではなく、投資裁判所の設立を盛り込む方針に転換しました。その結果、EUとベトナム間のFTA7)、再交渉されたEUとカナダのCETAには投資裁判所が規定されています。

 現在のところ、投資裁判所を規定しています、FTAまたは投資保護協定は発効または適用されていません。そもそも投資裁判所の設立がEU法と合致するのか否かという法的な問題が残されています。これまで、EU司法裁判所は、EFTA(欧州自由貿易連合)とEUとの間でのEEA(欧州経済領域)裁判所を含むEEA協定に関する裁判所意見1/91事件において、また、欧州特許裁判所に関する裁判所意見1/09事件において、さらに、欧州人権条約加入に関する裁判所意見2/13事件において、EU法の自律性が損なわれることを懸念して、EUの枠外にある国際裁判所の設立をEU法と合致しないと判示してきました。また、2018年3月にAchmea事件8)において、EU司法裁判所は、EU構成国間で締結された投資保護協定に規定されている、仲裁裁判所につき先決裁定を下しました。司法裁判所は、当該協定がEU法の自律性を損なうという判断を示しました9)

これによりFTAまたは投資保護協定における投資裁判所の設立がEU法と合致するのか否か不明な状況が続いています。現在、ベルギーがEU運営条約218条11項に基づき、CETAがEU法に合致するか否かについて司法裁判所に意見を求めており、その事件(裁判所意見1/17)がEU司法裁判所に係属しています10)。その際に、最終的な判断がだされる予定です。見通しとしては、以下のようになります。投資裁判所の設立規定を見ると、欧州委員会が、自由貿易協定の投資章及び投資保護協定における投資裁判所が適用する法に関する規定について、EU法の自律性との関係で文言に注意を払ってきているのが伺えます。CETAの8.31条「適用可能な法と解釈」の2項において、「裁判所は、本協定違反と主張される、当事者の国内法(domestic law)の下での措置の合法性を判断する管轄権を有さない。確実さのために、本協定と措置の一貫性を決定する際に、裁判所は、当事者の国内法を事実として(as matter of fact)、必要な場合に考慮することができる。その際、裁判所は、当事者の裁判所または機関により国内法に対して与えられた支配的な解釈(prevailing interpretation)に従わなければならず、裁判所により国内法に与えられた意味は、当事者の裁判所または機関を拘束しない。」と規定されています。国内法(domestic law)とは、EU(とEU構成国)とカナダの協定であるので、EUにおいてはEU法及びEU構成国法を意味します。EU法は事実として考慮されるのであって、投資裁判所はそれを独自に解釈してはならないこと、また、EU司法裁判所が投資裁判所による解釈に拘束されないことが規定されています。また、司法裁判所は、上述したAchmea事件において、当該協定がEUではなく構成国により締結されている点に注目していました。これらのことに鑑みれば、投資裁判所の設立を含む協定もEU法と合致すると判断される可能性もあります。

4.おわりに

 投資保護の問題が増加していくにつれて、それにかかわる紛争解決制度の重要性も増してきています。上述した、FTAまたは投資保護協定に規定される二国間の紛争解決のための投資裁判所の設立はその一歩であり、EUは、それらの協定の中に同時に将来的には多角的な投資裁判所(multilateral investment court)の設立を目指すことを規定しています。2018年11月、欧州委員会の貿易担当委員Malmströmのスピーチでも、ISDS制度の多角的な改革に向けてこのプロジェクトを進めようという姿勢が見られます。日本も当事者として、自国の投資家をよりよく保護するために建設的な議論に参加することが望まれます。


  • 1) 詳細については、拙稿「EUの対外直接投資の概要」日本エネルギー法研究所報告書『エネルギーをめぐる国内外の法的問題の諸相』JELI R No. 138 (2018年3月)143、152-153頁。
  • 2) 以下の記述については、拙稿「EUとシンガポール間の自由貿易協定(FTA)に関するEUの権限」『国際商事法務』 Vol. 45, No. 9(2017年)1348-1354頁参照。
  • 3) EUの投資裁判所について詳細に述べられているものとして、濱本正太郎「常設投資裁判所構想についてーヨーロッパ連合による提案を中心にー」(その1からその7・完まで)『JCAジャーナル』64巻8号(2017年)3-9頁、64巻9号(2017年)33-41頁、64巻10号(2017年)23-30頁、64巻11号(2017年)10-17頁、64巻12号(2017年)16-23頁、65巻1号(2018年)44-51頁、65巻2号(2018年)16-22頁。
  • 4) 拙稿「前掲論文」(注1)156-157頁。
  • 5) C. Ohler, “Democratic legitimacy and the rule of law in investor-state dispute settlement under CETA”, in M. Bungenberg, M. Krajewski, C. Tams, J.P. Terhechte and A. R. Ziegler (eds.) European yearbook of international economic law 2017. (Cham, Switzerland: Springer, 2017), pp. 227-245.
  • 6) European Parliament, A8-0175/2015.
  • 7) もともとのEUとベトナム間のFTAには投資章がありましたが、本文で述べたように裁判所意見2/15を受け、再交渉がなされ、投資保護を除いたFTAと投資保護協定の2つの協定に分けられました。ベトナムは、投資裁判所の設立を受け入れています。
  • 8) これに関する判例研究として、拙稿「EU構成国間の投資協定とEU法の自律性」『自治研究』95巻1号(2019年)98-110頁。
  • 9) 構成国は、Achmea事件判決を受け、その判決を遵守し、EU構成国間の投資協定を終了することを2019年1月15日に宣言しました。
  • 10) G. Kübek, “CETA’s Investment Court System and the Autonomy of EU Law: Insights from the Hearing in Opinion 1/17”, Verfassungsblog of 4 July 2018.