韓国による日本産水産物等の輸入制限に関する紛争について

国際法学会エキスパート・コメントNo.2019-7

濱田 太郎(近畿大学経済学部教授)
脱稿日:2019年7月14日

1.はじめに

 WTO協定の一部を構成する衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)は、人・動植物の生命健康等を守るための衛生植物検疫措置(SPS措置)がその目的を達成しつつ貿易に与える影響を最小限にするための規則です。
 SPS 協定は、加盟国が必要なSPS措置をとる権利を認めています。ただし、加盟国が次の義務を守ることを条件にしています。①人・動植物の生命健康等を守るために必要な限度で、科学的な原則に基づいたSPS措置をとること(2条2項)。②国際基準に基づいたSPS措置をとること(3条1項・2項)。③科学的に正当な理由がある場合には、国際基準よりもよりも高い保護水準のSPS措置をとることができる。ただし、危険性評価を行い適切な保護の水準(ALOP)を決定してSPS措置をとること(3条3項、5条1項等)。④SPS措置がALOPを達成するために必要以上に貿易制限的にならないこと(5条6項)。⑤自国のSPS措置で同一・同様の条件下にある加盟国に対し不当な差別をしないこと(2条3項)等。
 日本は、2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故を受けて韓国がとった日本産水産物等の輸入規制等がSPS協定に違反するとしてWTO紛争解決了解(DSU)に基づき申立を行いました。この紛争は、「WTO韓国・放射性核種輸入制限事件」、その代表的貿易品目から「WTO韓国・日本産水産物等輸入制限事件」等と呼ばれています。

 

2.紛争の経緯

 福島第一原子力発電所事故後、日本は食品中の放射性物質の暫定規制値を設けて検査を実施し、基準を超えた食品の回収・廃棄、出荷制限等の国内流通制限を実施しました。日本は事故後規制を段階的に撤廃緩和しましたが、韓国は汚染水に対する懸念から水産物を含む日本産食品等の輸入規制等を段階的に強化しました。
 2015年5月21日、日本は韓国の輸入規制等がSPS協定に違反するとしてDSUに基づき協議を要請しました。具体的には、①日本産農産物(水産物及び畜産物を除く)及び加工食品についてセシウム又はヨウ素が微量でも検出された場合ストロンチウム、プルトニウム等他の放射性物質の追加検査を義務付けた措置(以下、2011年追加検査義務)、②福島県等5県産マダラ及びスケトウダラの輸入禁止(以下、2012年品目別輸入禁止)、③福島県等8県産水産物の全面輸入禁止(以下、2013年全面輸入禁止)のうち28魚種の輸入禁止、④日本産食品(水産物及び畜産物を含む)についてセシウム又はヨウ素が微量でも検出された場合他の放射性物質の追加検査を義務付けた措置(以下、2013年追加検査義務)、⑤上記の①~④の措置の実施を確認する検査手続、⑥上記の①~⑤の関連情報の非公開・不提供がSPS協定2条3項、5条6項、7条、8条並びに附属書B及びC等に違反すると主張しました。
 2015年9月28日に紛争解決機関(DSB)が小委員会(パネル)を設置しました。2018年2月22日に小委員会が報告書を公表しWTO全加盟国に配布しました。
 2018年4月9日に韓国は同16日に日本は上級委員会に上訴しました。2019年4月11日に上級委員会が報告書を公表しWTO全加盟国に配布しました。
 2019年4月26日のDSB会合において、小委員会報告書と上級委員会報告書が採択されました。2019年6月4日に韓国は、措置の詳細を再度公表することで小委員会報告書と上級委員会報告書を実施したとDSBに報告しました。

 

3.小委員会報告書の概要

(1)韓国の措置が必要以上に貿易制限的であるか(5条6項)

 日本は、韓国が日本からの輸入品についてセシウムが100bq/kgを下回るか否かについて検査を実施すること(以下、日本の代替措置という)が韓国のALOPを達成するのに十分であり、韓国の措置(上記2.①~④)は必要以上に貿易制限的であると主張しました。
 韓国はSPS協定に従った危険性評価を行っておらずALOPを明らかにしていません。日本は、食品消費による被ばくを年間1mSvに抑えるコーデックス基準(Codex Stan 193「食品及び飼料中の汚染物質及び毒素に関するコーデックス一般規格」)が韓国のALOPであると主張しました。韓国はALOPは食品消費による被ばくを原発事故がない通常の環境における水準に維持することを言い、食品の放射能汚染を「合理的に達成可能な限り低く(ALARA)」することであると主張し、ALOPは固定値ではなく年間1mSvを下回る高水準の保護を達成することを目的とするものであると主張しました。
 小委員会は、ALOPは定量的でなくともよいが各加盟国の義務を逸脱させるほど抽象的であってはならない(7.158)等の理由を挙げて、韓国のALOPを年間1mSvを上限とするものと認めました(7.172)。
日本で環境・海水・食品に厳格な監視体制が設けられ(7.193)、日本が提出した食品の監視データを分析することが判断の合理的な理由になると小委員会は認めました(7.220)。8県産28魚種の2013年の検査結果ではほとんどセシウムが100bq/kgの基準を超えておらず、2014年及び2015年の検査結果で基準を超えたものはないため、セシウムの生体濃縮は着実に減少していると認めました(7.222)。セシウムが100bq/kgを下回る農水産物については他の放射性物質がコーデックス基準を下回ることが統計的に有意に証明されていると認めました(7.226)。
 韓国の消費者が日本産食品から被ばくする程度については、日韓の食生活の違いを考慮しても、韓国市場に占める日本産食品のシェアが福島原発事故以前の水準に回復しても食品汚染からの被ばくは年間1mSvを十分に下回ると結論づけました(7.228-7.237)。
 小委員会は、基準を超えた食品データ数等から見て2011年追加検査義務(上記2.①)の採用、2012年品目別輸入禁止(上記2.②)の採用は必要以上に貿易制限的とは言えないものの、2013年追加検査義務(上記2.③)の採用と2013年全面的輸入禁止(上記2.④)の採用、それらの措置(上記2.①~④)の継続的維持は必要以上に貿易制限的であると認めました。

(2)韓国の措置が恣意的または不当な差別であるか(2条3項)

 小委員会はインド-鳥インフルエンザ事件(DS430)の上級委員会の判断に倣い、①同様の条件の下にあるか、②SPS措置が差別的か、③当該差別が恣意的・不当かの三段階要件を検討しました(7.259)。
同様の条件について、小委員会は、汚染とその危険を比較することとし(7.283)、日本産品と日本以外の産品を比較しいずれも福島原発事故以前の汚染(核実験、チェルノブイリ原子力発電所事故等)の影響を受けており(7.291-293)、2013年追加検査義務の時点では日本におけるサンプル検査でセシウムが100bq/kgの基準を超えたものが1%以下となったこと(7.305)等から見て、日本産品も他国産品もセシウム他の放射性物質の汚染水準とその危険は同様であると認めました(7.319)。
 差別の恣意性・不当性について、小委員会はガット20条に関するこれまでの先例の判断を類推して(7.337)、韓国の措置が5条6項違反と認定されたこと、県別の規制が汚染リスクを必ずしも反映しないこと等から見て、措置とその目的(韓国の消費者を被ばくの危険から守ること)の間に合理的連関を見出すことはできず恣意的・不当な差別に当たると判断しました(7.341-355)。
小委員会は、貿易制限効果が大きい韓国の措置(上記2.①~④)は2条3項第1文に違反すると認めたのです。

(3)その他

  小委員会は、韓国の措置(上記2.①~④)の関連情報の非公開・不提供が7条、附属書Bに違反すると認定しました。
  韓国の措置(上記2.①~④)の実施を確認する検査手続において同種の韓国国内産品よりも日本産品を不利に扱う等の不当な方法が行われたという日本の主張は認められませんでした。

 

4.上級委員会報告書の概要

(1)韓国の措置が必要以上に貿易制限的であるか(5条6項)

 上級委員会は、以下のような理由で、小委員会による5条6項違反の認定を破棄しました。

・ 韓国のALOPが①通常の環境における水準に維持すること、②ALARA、③年間1mSvという定量的及び定性的側面から成り複合的な性格を有すると小委員会が認めた(5.26-7)一方で、小委員会はもっぱら定量的な③にのみ焦点を当て、ALOPの質的・量的側面の両方を適切に検討していない(5.28-31)。
・ コーデックス基準(後述)から見ると100bq/kgの汚染基準は抑制的な性格を有するが、だからといって自動的にこうした複合的な性格を有するALOPが達成できるとは言えない(5.32)。
・ 小委員会はALARAの要素と通常の環境における水準の維持を明確に検証しておらず、5条6項にいう代替措置を適切に検証していない(5.35)。

(2)韓国の措置が恣意的または不当な差別であるか(2条3項)

 上級委員会は、以下のような理由で、小委員会による2条3項違反の認定を破棄しました。
 上級委員会はインド-鳥インフルエンザ事件では問題となる特定のSPS上の危険を検討したものの、同条で検討する関連条件はSPS措置の性格と事案により異なる(5.59)として、別の判断枠組を示しました。

・ 小委員会は、産品に未だ顕示されていない領域的条件を含む加盟国間のすべての関連条件を検討しておらず、産品に潜在的な影響を与える領域的条件を完全に考慮しない解釈は不適当である(5.64)。
・ 検討すべき関連条件を産品に見られる現実の危険に限定する小委員会の2条3項の解釈は誤っている(5.65)。
・ 小委員会に提出された証拠に基づき、日本産産品と他国産品の潜在的汚染が2条3項の適用上同様か否かについて判断できない(5.90)。

(3)その他

 上級委員会は韓国の措置(上記2.①~④)の関連情報の非公開・不提供の違反を認定しましたが、その実施を確認する検査手続に関する日本の主張は認めませんでした。

 

5.報告書の分析・評価と今後の対応

(1)科学的根拠等の争点戦略上の問題

 日本は、科学的根拠と必要性基準(2条2項)、国際基準への準拠(3条1項・2項)、危険性評価(5条1項)を争わず、貿易制限性(5条6項)と無差別(2条3項)を争いました。
 貿易制限性の5条6項1文違反を上級委員会が認めたのはインド-鳥インフルエンザ事件だけです。豪-サーモン事件(DS18)と豪-リンゴ事件(DS367)で上級委員会は条文解釈に誤りがあるとして小委員会の違反認定を取り消しており、違反立証は難しいと考えられています。また、本条の違反はALOPを基準にしており、ALOPが明確に設定されていない場合申立国が被申立国のALOPを立証することはそれ自体難しいことです。
 インド-鳥インフルエンザ事件を含む近年の動物検疫に関する3事案では小委員会及び上級委員会が国際獣疫事務局(OIE)が定める国際基準である陸生動物衛生規約(OIEコード)に定める地域主義(無発生・低発生地域の設定)をより貿易制限的でない代替措置として認め、輸入禁止を含むSPS措置は必要以上に貿易制限的であると認めました。上級委員会が国際基準ではない代替措置を認めたことはありません。日本の代替措置は国際基準Codex Stan 193と異なっています。Codex Stan 193は、OIEコードと異なり国内流通制限や輸入禁止について具体的な取り扱いを定めておらず、放射性物質及び食品毎(一般食品、乳児用食品等)にガイドラインレベル(国際的に貿易される食品に関して許容できるものとして推奨される食品・飼料中の物質の最大濃度)を定め、一般食品のセシウムのガイドラインレベルは10倍緩やかな基準(1000bq/kg)を設けています。
 無差別の2条3項1文違反を上級委員会が認めたのはインド-鳥インフルエンザ事件だけです。動物検疫の3事案ではいずれもOIEによる疫病の発生状況評価や国際基準が存在しました。
上級委員会は、本件ではインド-鳥インフルエンザ事件での判断枠組を実質的に変更し、産品に顕在化していない潜在的な危険をも考慮することを求め、同条の違反立証のハードルは格段に高くなりました。
 これまでWTOの紛争処理手続において、各加盟国の食品安全・動植物検疫等の正当な規制権限に関する国家主権がSPS協定あるいは紛争解決機関により過度の制約を受ける懸念が幾度となく表明されてきました。上級委員会はこうした懸念を念頭に置いて慎重に自制的に韓国の規制権限とその裁量を審理したと考えられます。
 違反認定の先例が多い科学的根拠等に関する主張を日本が敢えてしなかったこと、違反立証が難しいと言われる貿易制限性について国際基準ではない代替措置を主張したこと、限られた判例しかない無差別を主張したことは、戦略上些か無謀と言われても仕方ないでしょう。

(2)ALOPの設定に関する権利性と義務性の混在

 上級委員会はALOPは定量的でなくともよいが正確でなければならず各加盟国の義務を逸脱させるほど抽象的であってはならないとこれまで何度も判示してきました。他方で、ALOPを設定するのは加盟国の専権であると認めてきました。
 本件で上級委員会は、小委員会が複合的なALOPの質的・量的側面の両方を適切に検討していないと判断しました。
小委員会は日本の代替措置が年間1mSvを著しく下回る被ばくを達成できると判断しています。小委員会は、通常の環境とALARAを考慮したもののそれ自体がALOPになり得ず結局上限が年間1mSvであると解釈したと思われます。
 インド-鳥インフルエンザ事件においても本件においてもSPS措置をとる国が適法な危険性評価を行わずALOPを明確に設定していません。危険性評価等の義務違反を犯した国がWTO紛争処理手続においてもALOPについて敢えて曖昧な主張を行うことでALOPを違反の基準とする他の義務(例えば貿易制限性に関する5条6項第1文)について申立国の立証のハードルを上げて違反認定を難しくすることができてしまいます。今後このような判例が続けば、敢えてALOPを明確にしない国が増加する恐れがあります。

(3)今後の対応

 日本政府は、上級委員会報告書等を採択した2019年4月26日のDSB会合において、上級委員会が韓国の措置の是非について判断せず、本来の目的である紛争解決に資する判断をしなかったと懸念を表明しました。
 上級委員会への上訴は、法的な問題及び法的解釈に限定されます。事実認定は小委員会の権限であり、小委員会が必要な事実認定を行なっていない場合、上級委員会は小委員会の判断を破棄はできても措置の是非について自判できません。このような場合上級委員会が小委員会に差し戻しを行うことができれば望ましいのですが、現行手続でこのような差し戻し制度がありません。
 紛争解決制度の改善・明確化の多角的交渉がドーハ開発アジェンダ交渉と並行して行われていますが、近年は全く進展がありません。日本は交渉をリードして差し戻しの制度を設けるよう提唱すべきです。
 小委員会報告書が明記するように、本件は韓国の措置の採用(adoption)と維持(maintenance)に関する紛争で、小委員会の設置までの間の維持のみが問われています。小委員会の設置以降の措置の継続的維持は本件紛争に含まれておらず、その後の維持を紛争解決手続に付託することは一事不再理の原則に反しないと考えられます。小委員会の設置以降の措置の維持を紛争解決手続に付託して、差し戻し権限の必要性を問うべきでしょう。

  • 本文中小委員会報告書(WT/DS495/R)と上級委員会報告書(WT/DS495/AB/R)のパラグラフ番号を記載しました。
  • 本稿は、上級委員会報告書の公表を受けて、拙稿「福島原発事故と韓国による日本産水産物の輸入規制」『平成30年度重要判例解説』(ジュリスト臨時増刊)有斐閣(2019年4月)284-285頁を大幅に加筆修正したものです。