国際法学会エキスパートコメントNo.2019-9
三浦 聡(名古屋大学大学院法学研究科教授)
脱稿日:2019年11月9日
はじめに
2019年9月下旬、ニューヨークの国連本部で「国連気候行動サミット」が開かれました。若き環境活動家の一挙手一投足にメディアの注目が集まるなか、アントニオ・グテーレス国連事務総長は現状を「気候危機」や「気候非常事態」と表現して、産業革命前に比べて「気温が1.5℃以上上昇すれば、生態系が甚大な、後戻りできないダメージを受けます。……温暖化を1.5℃にとどめるのはまだ可能ですが、そのためには社会のありとあらゆる面での根本的な変革が必要です」と訴えかけました[1]。
この気候行動サミットに続いて、「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する「SDGサミット」が開催されました。その開会の辞で、グテーレス氏は、SDGsの実施に「進捗が見られる」ものの、期待からは「程遠く、軌道に乗っていない」と評しました。とくに、SDGsのうち最大の挑戦とされる貧困の撲滅について、「現在のペースでは、2030年に5億人が極度の貧困状態のままです」との危機感を露わにして、「われわれが総力を結集し、誰一人取り残さず共に進む必要があります」と呼びかけました。SDGサミットは、その政治宣言で「あらゆるレベルであらゆるステークホルダーが行動を加速させることが急務」だと確認しました。
採択から4年が過ぎ、SDGsの実施と実現の課題が浮き彫りになっています。これまで、SDGsの普及を課題として、個々の企業や自治体などによるSDGsの活用・実施という観点から多くの解説がなされてきました(たとえば、経済産業省や環境省による企業向けガイドや、内閣府地方創生推進室による冊子を参照)。本コメントは、最近の動向を踏まえて、SDGsが目指す「世界の変革」という観点からSDGs実施の課題を検討します。以下では、1でSDGsとその実施体制を解説し、2でSDGsへの批判を検討します。つづいて3でSDGs実施の課題を考察し、4で具体例としてグローバル市場を通じたSDGs実施の動きにふれます。最後に、5で日本のSDGs実施体制とその課題を論じます。
1. SDGsとその実施体制
SDGsは、2015年までの「ミレニアム開発目標(MDGs)」を受けて2030年までの達成を目指す17の目標で、2015年9月に国連総会で採択された「我々の世界を変革する――持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下、2030アジェンダと略記。外務省による仮訳)に含まれます。「21世紀の人々と地球のための憲章」(パラグラフ51、以下para. 51のように表記)と位置づけられる2030アジェンダには、2030年にあるべき世界を描く「野心的な変革ビジョン」(para. 7)と、各目標を具体化した169のターゲットも記されています。すべての目標とターゲットは「統合され不可分」であり、どの国にも当てはまるという意味で、グローバルで普遍的なものです(前文、paras. 5, 18, 55)。
2030アジェンダは「人々の、人々による、人々のためのアジェンダ」(para. 52)であり、①「誰一人取り残さない(leave no one behind)」と②「グローバル・パートナーシップ」を基本理念とします。社会的包摂に関わる①は、人間の尊厳を基本として、SDGsをすべての国と人々の間で実現させるために、弱い立場の人々、とくに「最も遠くに取り残されている人々に、最初に手を差し伸べ」て(para. 4)、その能力を強化すること(エンパワメント)(para. 23)を意味します。SDGsの実施に関わる②は、「グローバルな連帯精神」に基づき、すべての国々、ステークホルダー、人々を動員・糾合することを意味します(前文、para. 39)。
2030アジェンダは、SDGsの実施手段としてパートナーシップを重視しつつも、「各国が自国の経済・社会発展のための第一義的な責任を有する」と定めます(para. 41)。政府の施策として挙げられるのは、①国内のターゲットを設定して、戦略・政策に組み込むこと(para. 55)、②国会が予算措置を講じてSDGsの効果的な実施を担保すること(para. 45)、③SDGs実施の進捗状況を評価し、経験と教訓を共有するための「体系的フォローアップとレビュー」を国内・地域・グローバルの各レベルで、ステークホルダーが参加しつつ行うこと(paras. 72-74)、などです。また、SDGsのターゲット17.14は「持続可能な開発のための政策一貫性の向上」を挙げています。これは、17目標間および様々な施策間の相乗効果とトレードオフを考慮した政策の立案と実施を意味します[2]。
③については、進捗評価を「厳格でエビデンスに基づく」ものにするために、指標に基づく測定が重視されていて(paras. 74(g), 48)、専門家グループ(IAEG-SDGs)が作成した244(重複を除くと232)の指標から成る「グローバル指標フレームワーク」が2017年に承認されています。指標はたびたび更新されており、2020年に包括的見直しが行われる予定です。また、グローバルな進捗評価を監督するために国連総会と国連経済社会理事会の下に創設されたのが、「持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム(HLPF)」です。冒頭でふれたSDGサミットは、HLPFが初めて国連総会の下で開催されたものでした。例年7月に国連経済社会理事会の下で開催される通常のHLPFでは、希望国を対象とする「自発的国家レビュー(VNR)」とSDGsに関わるテーマを扱う「テーマ別レビュー」が行われています。日本政府は、2017年にVNRとして報告書『国連ハイレベル政治フォーラム報告書~日本の持続可能な開発目標(SDGs)の実施について~』を提出しました。また、自治体がレビューをHLPFに提出することにコミットする「自発的ローカル・レビュー(VLR)宣言」がSDGサミットに合わせて発表され、日本では横浜市が署名しました。
2. 2030アジェンダとSDGsへの批判
2030アジェンダは高邁な理想を掲げますが、政治的な交渉と妥協の産物でもあり、様々な批判がなされています。たとえば、基本理念の1つである「誰一人取り残さない」については、意味が曖昧で多様な解釈を許すこと、不平等の問題を社会的弱者の包摂と捉えて低中所得層と富裕層の間の格差是正を課題から実質的に外したことなどが、(国連開発計画(UNDP)の『人間開発報告書』の主執筆者を長年務め、現在は国連経済社会理事会の開発政策委員会委員である)フクダ−パー・サキコ教授等から指摘されています。
他の批判として、2030アジェンダのテーマ(世界の変革)やビジョンを目標からターゲット、さらに指標へと具体化するにつれて齟齬や乖離が生まれる点、SDGs実施の進捗状況をデータで測定・監視・管理することが優先されると、「重要なものを測る」よりも「測れるものが重要」となりかねない点、データの重視が(データを)持つ者と持たざる者との格差をさらに広げかねない点も挙げられています(この点、Global Policy誌とJournal of Human Development and Capabilities誌のSDGs特集号や国連「持続可能な開発のためのビッグデータ」ページなどを参照)。たとえば、2030アジェンダは「すべての人々の人権の実現を追求する」(前文)ことを標榜しますが、人権はSDGsの17目標に組み込まれず、ターゲットではかろうじて4.7に、教育を通じて獲得すべき知識の一つとして挙げられるのみです。
既存研究は、世界貿易機関(WTO)のようなルールによるガバナンスに対して、SDGsのアプローチを目標設定と進捗状況の測定・評価に基づく「目標ベースのガバナンス」と捉えて、その意義を説きます。しかし、SDGsへの批判を踏まえると、目標ベースのガバナンスが「指標ベース」や「測定ベース」のガバナンスに転化し、2030アジェンダのテーマである「変革」が取り残されるような本末転倒を招く危険性に気づかされます。指標に基づく数値評価を行って「PDCA(計画-実行-評価-改善)サイクル」を回すことは、業務の継続的改善に有効だと言われますが、社会の根本的変革(そして、それに必要なイノベーション)にどう作用するかは検討の余地があるでしょう。つぎに取りあげる最近の報告書は、「木を見て森を見ず」とならぬように、いわば「変革ベース」や「システム・ベース」のアプローチの重要性を説いています。
3. SDGs実施の課題
2019年には、SDGs実施を回顧し展望するいくつかの重要な報告書が出されました。ここでは3つを取り上げて、SDGs実施の課題を考えます。すなわち、①国連事務総長がHLPFに毎年提出する『進捗報告書』の「スペシャル・エディション」(以下、国連事務総長報告書、図表を豊富に盛り込んだ『SDGs報告書2019』(日本語概要)も参照のこと)、②SDGサミットに提出された「独立科学者グループ」(国連事務総長が任命した15名)による初の報告書『グローバル持続可能な開発報告書2019』(以下、独立科学者グループ報告書)、③ドイツのベルテルスマン財団と「国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」による年次報告書『持続可能な開発報告書2019』(以下、ベルテルスマン財団・SDSN報告書。SDSNディレクターで、国連事務総長特別顧問を務めるなどMDGsとSDGsに深く関わってきた経済学者ジェフリー・サックス教授が監修・共同執筆)です。これらはいずれも、2030アジェンダの主題である「変革」を真正面から論じています。
国連事務総長報告書は、「SDGsの多くの目標の進捗は遅く、最も脆弱な人々と国々が今なお最も苦しんでおり、グローバル社会のこれまでの対応は十分に野心的でない」と要約し、とくに貧困、飢餓、ジェンダー平等、気候変動、生物多様性、資金調達での遅れを指摘しています。SDGs実施を加速させる8つの方策の1つがガバナンスの変革であり、その一環として政策一貫性を向上させるための「政府全体・社会全体アプローチ」(すなわち、システム・アプローチ)の重要性を訴えます(para. 82)。また、「誰一人取り残さない」世界の実現には、「富と権力の不平等に基づく、根深いシステム――経済・社会・政治システム、ガバナンス構造、ビジネスモデルなど――の変革が求められる」(para. 79)との、2030アジェンダの表現と比べると政治的にかなり踏み込んだ見解を示しています。さらに、同じく2030アジェンダになかった「パラダイム・シフト」に言及して、政府などの行動が「2030アジェンダの求めるパラダイム・シフトに十分に対応していない」(para. 51)と警鐘を鳴らしています[3]。要するに、SDGsの実施・実現の大きな課題はパラダイム・シフトとシステム変革にあると捉えているのです。
独立科学者グループ報告書とベルテルスマン財団・SDSN報告書もまた変革を重視して、どちらもSDGs実現に必要な6つの変革を提案しています(表1)[4]。その狙いは、17目標を6つの「エントリー・ポイント」(独立科学者グループ報告書)に集約し、そこに注意と資源を集中させてSDGs実施を加速させることです。加えて、国連事務総長報告書が唱える「変革の必要性」に学問的お墨つきを与える効果もあるでしょう。いずれにせよ、両報告書の提案を総合すると、SDGs実現に必要な変革として、①人々の健康・ウェルビーイング・ケイパビリティ(1, 3, A, B)、②公正な(包摂的で不平等が是正された)経済(2, B)、③持続可能な脱炭素経済(4, D)、④持続可能な食料・土地・水・海洋(3, 6, C)、⑤持続可能な都市とコミュニティ(5, E)が浮かび上がります(Fについては後述)。変革を実現するレベルとして「ローカル-国内-地域-グローバル」の4レベルを想定し、「ローカル」のレベルに⑤を組み込むと、①・②・③・④の4つの変革を4つのレベルで実現するという構図が見えてきます。
科学者独立グループ報告書 | ベルテルスマン財団・SDSN報告書 |
1. 人々のウェルビーイングとケイパビリティ(潜在能力) | A. 健康、ウェルビーイング、人口動態 |
2. 持続可能で公正な経済 | B. 教育、ジェンダー、不平等 |
3. 持続可能な食料システムと健康な食生活 | C. 持続可能な食料・土地・水・海洋 |
4. エネルギーの脱炭素化とユニバーサル・ アクセス | D. エネルギーの脱炭素化と持続可能な産業 |
5. 都市近郊の持続可能な開発 | E. 持続可能な都市とコミュニティ |
6. グローバルな環境コモンズ(共有資源) | F. 持続可能な開発のためのデジタル革命 |
表1 SDGs実現に必要な変革(出典:両報告書に基づき、筆者作成)
独立科学者グループ報告書はさらに、変革を加速する「梃子」として、①ガバナンス、②経済と金融、③個別的・集合的行動、④科学技術を挙げて、4つを文脈に応じて組み合わせることが重要だと主張します(このうち④は、ベルテルスマン財団・SDSN報告書が指摘する変革の「F. 持続可能な開発のためのデジタル革命」を含みます)。
以上の4つの変革、4つのレベル、4つの梃子から成る「SDGs実現のための変革フレームワーク」を示したのが、図1です。梃子の比喩を敷衍すると、政府やその他のステークホルダーの力を4つのレベルで結集し(力点)、4種類の梃子を巧みに組み合わせ、4つの変革を支点にすることで、世界を変革する(作用点)、というイメージです。総力をどう結集するか、どこが効果的な支点か、そして政策一貫性を向上させるべく4つのレベル・梃子・変革をどう連動させるか――以上がSDGsの実施と実現の課題だと、3つの報告書は示しています。
図1 SDGs実現のための変革フレームワーク(出典:科学者独立グループ報告書とベルテルスマン財団・SDSN報告書に基づき、筆者作成)
システム変革は、「理想対現実」や「保守対革新」などと単純には割り切れない、複雑な権力闘争と合従連衡を伴う極めて政治的な過程です。2019年9月下旬に185ヵ国で760万人以上を動員したとされる「グローバル気候ストライキ」は、そのような政治過程の一端なのです。SDGs実施を政治過程と捉えると、「SDGs実施の課題は何か」という問いは「誰にとっての課題か」という問いと不可分だとわかります。3つの報告書を踏まえると、システム変革を標榜する側にとってのSDGs実施の課題は、「誰一人取り残さない世界への変革のためのグローバル・パートナーシップ」を旗印とする連合形成だと言えましょう。
4. グローバル市場を通じたSDGs実施
SDGs実現のための4つの梃子のうち、とくに注目すべき展開を見せているのが経済と金融です。たとえば、日本経済団体連合会(経団連)はSDGsを柱に据えて「企業行動憲章」を改訂し「Society 5.0 for SDGs」を唱えて、後者の国際標準化を目指しています。世界では、国連グローバル・コンパクト(UNGC)とアクセンチュアの報告書『実行の10年』が、99ヵ国の1000人を超える企業トップへの調査を踏まえて、「システム変革の主導」を呼びかけています。以下、3でまとめた4つの変革のうち「持続可能な脱炭素経済」を主眼とするグローバルなパートナーシップの一端を、規範設定、情報開示、目標設定にわけて紹介します。
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規範設定:国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)と49ヵ国の132行(4邦銀を含む)は、国連気候変動サミットに合わせて、6原則から成る「責任銀行原則(PRB)」(参考和訳)を立ち上げました。その原則1は、自行の戦略をSDGsやパリ協定などに整合させ貢献することを謳います。金融(たとえば、化石燃料関連企業への投資を控える「ダイベストメント(投資撤退)」)を梃子としてUNEP FIが推進する取組には他に、証券投資の際に環境・社会・企業統治(ESG)の要素を考慮に入れる「ESG投資」を広めた「責任投資原則(PRI)」(和訳)、「持続可能な証券取引所(SSE)イニシアティブ」、「持続可能な保険原則(PSI)」(和訳)、「ポジティブ・インパクト金融原則」(和訳)があります。日本独自の取組としては、「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」(通称21世紀金融行動原則)があります。
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情報開示:ESG投資の浸透に伴って、企業にはESGに関わる非財務情報の開示が求められるようになり、また開示情報の標準化が進んでいます。関連する取組には、サステナビリティ報告書の国際標準として日本企業に浸透している「GRIスタンダード」に加えて、気候変動関連情報の開示を求めるCDP、開示情報の標準化を進める「気候変動開示基準委員会(CDCB)」の「環境情報報告フレームワーク」、金融安定理事会(FSB)の「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」による2017年の勧告(日本語私訳)、「サステナビリティ会計基準審議会(SASB)」の産業別基準などがあります。様々な取組や標準が林立するなか、これらのプラットフォームである「企業報告ダイアログ(CRD)」は、標準間の整合性を高める「ベター・アラインメント・プロジェクト」を立ち上げています。
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目標設定:企業が科学的根拠に基づいてCO2排出量削減目標を設定し公表するよう支援・認定する取組が「Science Based Targets(SBT)イニシアティブ」です。SBTは、IPCCの5℃特別報告書を受けて、「科学的根拠に基づく目標」のカテゴリーとして、従来の「2℃」に加えて「2℃を大幅に下回る」と「1.5℃」を設け、2019年10月半ばに発効した新基準は「2℃目標」を「科学的根拠に基づく目標」から外しました。気候変動サミットに際して、この「企業版1.5℃目標」に87社が賛同を表明しています。これに似た取組に「RE100」があり、参加企業は2050年までに使用電力を100%再生可能エネルギー化する目標を設定・公表して、年次進捗報告を行います。2019年10月には、RE100にならって、日本の企業・自治体・教育機関・医療機関等を対象とする取組「再エネ100宣言 RE Action」が発足しました。
以上のようなパートナーシップは、いわばSDGsというOSのアプリケーション・ソフトウェア(「アプリ」)として機能し、競合しつつも連携と互換性を高めながら、SDGs実施の「エコシステム(生態系)」を発展させています。そこでの日本の存在感は概して薄く、国際標準のリーダーというよりフォロワーにとどまっています。経済と金融を梃子の1つとする官民連携の、いわばマルチステークホルダー外交が期待されます[5]。
5. 日本のSDGs実施体制と課題
以上を踏まえて、日本のSDGs実施体制とその課題にふれます。政府は2016年5月の閣議決定により、内閣に「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」を設置しました。同推進本部は、同年12月に「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」、翌2017年12月に「SDGsアクションプラン2018」をそれぞれ決定し、以降は後者の「拡大版」と新年度版を半期ごとに策定しています。SDGs実施指針は、ビジョン(「持続可能で強靱、そして誰一人取り残さない、経済、社会、環境の統合的向上が実現された未来への先駆者を目指す」)、8つの優先課題(「あらゆる人々の活躍の推進」、「省・再生可能エネルギー、気候変動対策、循環型社会」など)、主要5原則(普遍性、包摂性、参画型、統合性、透明性と説明責任)を定めています。また、付表に「持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための具体的施策」が優先課題ごとにまとめられています。SDGs実施指針は、2019年12月に改定される予定です。
加えて、2016年9月には、様々なステークホルダー間の定期的な意見交換を目的とした「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」が推進本部の下に設置されました。さらに、SDGsへの優れた取組を選定・表彰する「ジャパンSDGsアワード」、SDGsに関する情報ポータルサイトである「ジャパンSDGsアクション・プラットフォーム」、SDGsのローカル化(「自治体SDGs」)を推進する「SDGs未来都市」、「自治体SDGsモデル事業」、「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」などが立ち上げられています。また、NGOによる「SDGs市民社会ネットワーク」や産民学官の「関西SDGsプラットフォーム」などがボトムアップ的に設立されています。
日本のSDGs実施の課題は何でしょうか。4までの議論に基づいて端的に言えば、政策一貫性が十分に考慮されておらず、また日本の変革が見通せていないことです。SDGs実施指針とその付表を見るかぎりでは、個々の施策(「施策-ターゲット-指標」のセット)による各部分の改善が日本全体の変革や「未来への先駆者」としての国際的地位にどうつながるかが判然とせず、要素に注目する「測定ベースのガバナンス」がシステムに注目する「変革ベースのガバナンス」に優先されているかのようです。
しかし民間からは、SDGs(とくに気候変動対策)の実施とシステム変革は不可分との見方が打ち出され始めています。「SDGs推進円卓会議」の構成員有志は、SDGs実施指針の改定を見据えて、9月に「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針改定に向けた提言」を行いました。同提言は、貧困、ジェンダー、気候変動などの分野での対策と進展の遅れを指摘して、「社会・経済システムの大きな変革なしに地球環境問題を解決することはできない」と断言します。具体的には、気候変動に関する「1.5℃目標」(2050年までの脱炭素化)の設定[6]など、「日本の課題を勘案しながら、2030年の日本のありたい姿を明確にし、SDGs達成に貢献する目標及びターゲットを設定すべき」であり、それは「多様なステークホルダーの参加をもって行われるべき」と主張しています。また、日本学術会議会長は、国連気候行動サミットに先立ち「『地球温暖化』への取組に関する緊急メッセージ」を発して、「将来世代のための新しい経済・社会システムへの変革が、早急に必要」と訴えて、「1.5℃目標」達成への取り組みを求めました。SDGsをめぐる政治が日本でどう展開するか、注目されます。
おわりに
本コメントの冒頭で、「われわれが総力を結集し、誰一人取り残さず共に進む必要があります」というグテーレス国連事務総長の言葉を紹介しました。この言葉をまさに具現したのが、ラグビーワールドカップ日本大会でしょう。このイベントは、1つの目的(ゴールへのトライ、チームの勝利、ひいてはイベントの成功さらにラグビー界全体の発展)のために総力が結集されると何が起きるかを世界に示しました。ラグビーでよく言われる“One for all, all for one”は、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」だけでなく、「1人はみんなのために、すべては1つの(目的の)ために」という意味でも理解されています。本コメントでみたように、SDGsの実現に向けて、「すべては世界を変革するために」17のゴールにトライしようという考えが広がっています。
[1] この発言は、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2018年10月に公表した特別報告書『1.5℃の地球温暖化』(環境省による概要)を踏まえたものです。この、いわゆる1.5℃特別報告書は、産業革命前に比べてすでに1℃上昇している世界平均気温の上昇を1.5℃未満にとどめるために、世界の二酸化炭素排出量を2050年までに実質ゼロにする道筋とそれに伴う「システム移行」を示しました。気候変動対策として2015年に合意された「パリ協定」は、産業革命前に比べ2℃を十分に下回る水準に世界平均気温の上昇を抑える「2℃目標」を定めつつ、それを1.5℃未満に抑える「1.5℃目標」を努力目標に掲げています。1.5℃特別報告書は「1.5℃目標」をより重視する流れを生み、国連気候行動サミットで65ヵ国がこれにコミットしたと発表されました。
[2]「持続可能な開発のための政策一貫性(PCSD)」は、3で取り上げる3つの報告書でも論じられている、SDGs実施の重要課題です。経済協力開発機構(OECD)などは「PCSDパートナーシップ」を設立して、年次報告書を刊行しています。
[3] 関連して、2016年10月に開催された第3回国連人間居住会議(ハビタット3) でSDGsを踏まえて採択された「ニュー・アーバン・アジェンダ」は、持続可能な開発に立脚する「都市のパラダイムシフトを通じ[た]社会変革」(para. 24)を提唱しています。
[4] SDSNはまた、「システム・アプローチ」の重要性を強調する『2050年へのロードマップ――今世紀半ばまでに脱炭素化するための国家マニュアル』も刊行しています(国際再生可能エネルギー機関(IRENA)による報告書『グローバル・エネルギー変革――2050年へのロードマップ』も参照のこと)。
[5] たとえば、欧州委員会の「テクニカル専門家グループ(TEG)」による持続可能な経済活動の定義と分類(「EUタクソノミー」)は、その『テクニカル・レポート』に対して経団連のワーキング・グループやPRIなどが国際標準化や規制化への懸念を表明するなか、進められています。また、一方でドイツ環境省はSDGサミットに合わせて国連環境計画(UNEP)と共同で「Global Opportunities for SDGs (GO for SDGs)」イニシアティブを発足させ、他方でスウェーデンでの取組をモデルにした「持続可能な開発のためのグローバル投資家(GISD)連合」がグテーレス国連事務総長の後押しにより、2019年10月に立ち上げられています。なお、日本では、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が近年はESG投資を梃子とする「外交」を積極的に展開し、同分野での国際的な地位と影響力を高めつつあります。
[6] 日本政府が2019年6月に閣議決定した「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」は、脱炭素社会を最終到達点に掲げつつ、「2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減」を長期目標に設定しています。この決定に先立つ4月、脱炭素社会の実現を目指す企業連合の「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」は、「1.5℃目標」に整合的な「2050年日本国内の温室効果ガス排出ゼロ」を日本の長期成長戦略に明記するよう求める意見書を提出していました。