腐敗防止のグローバル・ガバナンス

国際法学会エキスパート・コメントNo.2020-13

西谷 真規子(神戸大学大学院国際協力研究科准教授)
脱稿日:2020年10月9日

 

1.腐敗防止グローバル・ガバナンスの特徴

 「腐敗」とは、政治家や官僚の贈収賄や横領、職権濫用、不正蓄財、資金洗浄、司法妨害、企業の不正経理や横領や贈収賄、下位官吏と市民との間の日常的な贈収賄、業務を円滑に進めるためのファシリテーション・ペイメントなど、多様な行為を含みます。腐敗防止問題の特徴は、第一に、多様な問題と結びつきやすいということです。腐敗は資金が集まるところならどこにでも発生しうるため、人権、平和と安全、地球環境、天然資源、保健、教育等、様々な問題に関係しており、持続可能な開発目標(SDGs)では、腐敗防止は平和で公正かつ包摂的な社会の基盤と位置づけられています(目標16)。

 第二に、内政不干渉原則のもと、国際規範の実質的な履行や国家間協調が容易ではないということです。「腐敗」の定義は国によって差異が大きいため、グローバルなレベルで「何が腐敗行為にあたるか」を一律に定義し犯罪化することは困難ですし、また、腐敗等の犯罪の取り締まりは国家主権の最重要事項なので、各国に履行を強制することも難しいのです。このため、国家レベルと地域レベルの法制化がグローバルな国際合意に先行し、多層的な規制構造を成しています。

 第三に、腐敗はガバナンス自体への信用を失墜させる効果をもつことです。このことは国内でも国際場裏でも企業統治でも該当しますが、グローバル・レベルでは、とくに国連の不正が問題になります。アメリカ等の一部の加盟国は、国連の非効率性や非中立性、不公正性を理由として分担金を滞納しています。

 第四に、政府や企業が腐敗の当事者になるため、民間部門が腐敗防止ガバナンスに重要な役割を果たすことです。市民社会が規範の設定や履行監視を主導すると同時に、ビジネス・セクターやマルチステークホルダーによる自主規制の試みも多いのです。

 以上の要因から、腐敗防止のグローバル・ガバナンスは、複合性や多層性、多主体性をもった構造になっています。

 

2.腐敗防止の国際的な法制度

 政治家や公務員の汚職・腐敗規制の先鞭をつけたのは、1977年にアメリカで成立した「海外腐敗行為防止法」(Foreign Corrupt Practices Act: FCPA)です。同法は国内法ではありますが、域外適用されるため、他国の企業も取り締まり対象になります。1990年代以降、腐敗問題は国際的に注目を浴びるようになり、世界銀行(世銀)や国際通貨基金(IMF)、国連総会等、様々な国際機構で取り上げられるとともに、規制のための国際法制化が進みました。なかでも、経済協力開発機構(OECD)が1997年に採択した「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」(OECD外国公務員贈賄防止条約)は、初の腐敗防止条約であり、レビューメカニズムが効果的に機能していることもあり、中核的な腐敗防止レジームとして今日に至っています。当該レジームの圧力を受けて2010年に成立した「英国贈収賄禁止法」(The Bribery Act 2010)は、FCPAよりも広範に域外適用される国内法として、外国企業にも大きな影響を及ぼしています。また、欧州連合(EU)、欧州評議会(CoE)、米州機構(OAS)、アフリカ連合(OAU)、アラブ連盟等の地域機構でも、条約やソフトローが採択されました。さらには、国連開発計画(UNDP)や世銀は、開発業務にアカウンタビリティ、透明性、誠実性の強化を組み込むかたちで、開発分野の腐敗防止規制を主導してきました。

 2000年には「国際組織犯罪防止条約」(United Nations Convention against Transnational Organized Crime: UNTOC)が採択されました。この条約は、資金洗浄、薬物等の不正取引、人身取引などの組織犯罪を規制する条約ですが、公務員の贈収賄を犯罪化する条項も含んでいます。その3年後には、腐敗防止に特化した「国連腐敗防止条約」(United Nations Convention against Corruption: UNCAC)が成立しました。同条約は、2020年2月時点で締約国187か国という普遍条約であり、公務員の贈収賄等の腐敗行為を犯罪化するだけでなく、不正に取得された資産の回収、国家間の捜査・司法協力、企業の不正まで対象とした包括的な条約です。

 なお、日本は共謀罪に関する国内法未整備のため、長らくUNTOCもUNCACも国会承認を得ることができませんでしたが、「組織的犯罪処罰法」が成立したことで、両条約(および関連議定書)の受諾書を2017年に提出しました。長らく両条約を受諾していなかったとはいえ、日本は「不正競争防止法」に外国公務員贈賄罪を規定することで、OECD外国公務員贈賄条約を実施してきました。しかし、当該条約の2011年のフェーズ3審査でも2019年のフェーズ4審査でも、贈賄防止の法執行が低水準であるとの評価を受けており、外国公務員贈賄罪の発見、捜査および起訴をより積極化する必要があるとの勧告がなされています。

 このような国際的な取り組みの一方で、民間側の自主規制も行われてきました。国際商業会議所(ICC)は、外国公務員贈賄防止条約およびUNCACを補完する目的で「恐喝・贈賄防止のためのICC行為規則及び勧告」(のちに「腐敗防止規則」に改定)を策定し、企業側の自主規制を促してきました。また、2004年には、国連グローバルコンパクト(UNGC)第10原則が採択されました。UNGCは、ビジネス・セクターを中心に、市民社会や地方自治体も加えたマルチステークホルダー・イニシアチブで、もともと人権・労働権と環境を保護する原則が9つあったところに、10番目の原則として腐敗防止原則が導入されたのです。

 

3.多中心的なネットワークによる調和化と複合化

 腐敗防止の領域では、国際機構、政府機関、NGO、専門家、企業等の多様な組織やネットワークが、それぞれ独自に調査研究、情報共有、規範策定、アドボカシー活動、啓蒙活動などを行いつつ、メンバーの重複したインフォーマルなネットワークを通じて連携・協力しています。腐敗防止ガバナンスで法制度の断片化による競合・抵触が問題化されることが少ないのは、国境と争点領域と官民を横断して張り巡らされた、多元的で流動的なネットワークによって法の調和化と履行が促進されたことが一因と言えるでしょう。このようなネットワークのハブとなる機関には、世銀、UNDP、OECD贈賄作業部会、UNGC、UNTOCとUNCACの事務局である国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime: UNODC)、腐敗防止専門NGOであるトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)、ICC、世界経済フォーラム(WEF)などがあります。

 これらのハブ機関は、異なる争点領域をつないで複合化を促進する役割も担ってきました。公正取引、法の支配、グッド・ガバナンスの問題として扱われることが多かった腐敗防止問題も、2000年代になり、新自由主義的なグッド・ガバナンス・モデルに対する批判が強まったのに伴い、人間開発的な視点により重点が置かれるようになってきました。ここでは、代表的なハブ機関として、市民セクターのTIと公共セクターのUNODCを取り上げてみましょう。

 TIは創設当初より、持続可能な開発に関する諸領域、防衛・安全保障、スポーツ等、多様な分野と腐敗を結び付けたプログラムを展開してきました。新自由主義的と批判されることもありますが、他方で、環境正義を主張するグリーンピース・インターナショナルや、フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス等の反新自由主義のNGOとも協働しています。なかでも、近年注目されているのが、気候変動事業における腐敗防止です。気候変動関連の腐敗リスクを包括的・多角的に分析した2011年の『世界腐敗報告書(Global Corruption Report)』以来、気候資金の移動と、緑の気候基金やREDDプラスなどの気候変動・森林関連メカニズムの監視を主軸とした「気候ガバナンス誠実性プログラム」は、TIの中核プログラムの一つとなっています。

 他方、UNODCも積極的に争点間の連結を行ってきました。もともと、組織犯罪、テロリズム、人身取引、資金洗浄、野生生物・森林犯罪、小型武器の不正取引等、他室が専門としている領域と腐敗を結び付けて協働してきましたが、部署間協力で対応できない争点については、他の国際機構と積極的に協働してきました。例えば、近年とみに注目を集めているのが、ロシアの組織的ドーピングや、国際オリンピック委員会(IOC)および日本オリンピック委員会(JOC)による東京五輪招致をめぐる汚職疑惑等、競技スポーツにおける不正です。競技スポーツは2010-2015年期に総額1450億ドルもの歳入があったとされ、毎年安定した成長率を誇る一大産業ですが、それだけに、八百長、ドーピング、違法入札、贈収賄等の腐敗が深刻化しています。UNODCは、IOCと共同調査・分析活動を行い、八百長対策ハンドブックやモデル法を策定しました。その後、2017年のUNCAC締約国会議にて、スポーツの腐敗に関する決議7/8が、2019年には決議8/4が採択されました。両決議とも、試合の不正操作、違法入札、資金洗浄、犯罪組織の関与、スポーツ当局と司法当局の協力、贈収賄、利益相反、スポーツ機関のガバナンス等を重点領域として挙げています。

 また、2015年以降、UNODCは四つの重点活動領域の一つとして、スポーツ活用による若年犯罪防止プログラムを展開しています。この試みは、SDGsの目標3(健康)、目標11(持続可能な共同体)、目標16(平和と公正)を関連領域と特定し、平和および持続可能な開発とスポーツを明確に結びつけています。国連総会でも、持続可能な開発を可能にする要件としてスポーツを位置付けた決議73/24が2018年に採択され、今やスポーツは持続可能な開発の文脈でも扱われるようになっているのです。

 

4.腐敗防止ガバナンスの課題

 以上のように、腐敗防止グローバル・ガバナンスは、多様な制度と、それらの制度を横断的に繋ぐ多元的ネットワークによって構成されていますが、多元的な制度は相補的に機能する面がある一方、課題もあります。とくに問題なのは、有効性(実効性)の弱さです。UNCACは普遍条約ではありますが、内政不干渉原則を重視し、任意規定や留保付き規定を多く含むため、締約国の裁量の余地が大きいのです。また、実施レビューシステムもOECD外国公務員贈賄防止条約などと比べるとフォローアップが弱く、実施促進の効果を疑問視する向きもあります。このように腐敗防止規範と不干渉規範とが競合する状況は、主権国家システムにおける国家間協力の課題を浮き彫りにしていると言えるでしょう。

 今日、新型コロナウィルスの世界的流行によって、腐敗リスクはますます高まっています。緊急対応の名のもとに、防護品・医療品の調達や経済刺激策に短期間で大きな資金が動く中で、透明性が著しく低下し、コストパフォーマンスや財務状況に関するアカウンタビリティも不足しがちだからです。イギリスでは、防護品の政府調達をめぐる情報開示を求める集団訴訟も起こされました。UNCACは、財政や公共調達に関する透明性やアカウンタビリティの向上を規定していますが(第9条、第10条)、「適当な措置をとる」との表現で解釈の幅を大きくとり、加盟国の裁量に委ねています。他方で、在宅勤務の増加により法執行機関や司法機関が十分な情報収集をできず、越境的な資金洗浄、テロ資金の移動、防護品・医療品をめぐる不正が摘発されにくくなっているとの指摘もあります。しかし、各国が同様の問題を共有するにもかかわらず、対応は概ね各国単位で行われており、効果的な国家間協力の仕組みは未整備です。

 これまで20以上もの国際的なルールが作られてきましたが、腐敗は未だに世界中に蔓延しています。世銀のデータによれば、毎年1兆ドル以上が贈収賄に使われ、WEFの推計によれば、その額は今や世界のGDP総額の5%以上にも相当すると言います。ウィズコロナの時代には、国際規範の実効性を上げるための仕組みづくりがより一層求められているといえるでしょう。

 

*本稿は、拙著「腐敗防止――多中心化と大衆化――」(西谷真規子・山田高敬編『新時代のグローバル・ガバナンス論――制度・過程・行為主体』ミネルヴァ書房、2020年近刊)の一部に加筆修正したものである。