国際法学会エキスパート・コメントNo.2020-2
山口 敦子(名城大学准教授)
脱稿日:2020年1月14日
はじめに
海賊版サイト「漫画村」(現在は閉鎖)を巡る著作権法違反事件。有罪判決が出るなど、注目されています。著作権を侵害した者はこの事件のように訴追され、刑事罰が科せられることもありますが、著作権を侵害された者(例えば著作権者)から、侵害の停止や侵害によって受けた損害の賠償が請求されることもあります。ここでは、前者の刑事罰に関する問題ではなく、国際私法が関係する後者の民事に関する問題について検討します。
例えば日本人Xの「著作物」(漫画)の画像ファイルを、A国在住のYがWebサイト(B国のb社のWebサーバをレンタルして運営)にXに無断でアップロードしたとします。このWebサイトは日本からアクセス可能で、多くのインターネット利用者が同サイト上でXの漫画を閲覧し、日本での売上げが落ちています。XはYに対して侵害の停止、及び、この侵害によって受けた損害の賠償を求めたいと考えています。しかし、Xは日本人、YはA国在住で、無断アップロードも恐らくA国で行われたものと思われますが、WebサーバはB国にあります。このように複数の国と関連を持つ国際的な著作権侵害の場合、どのように解決されるのでしょうか。
まず、著作権に注目すると、著作権とは著作者が著作物を排他的に利用する権利であり、「複製」権、「上演」権、「公衆送信」権というように、著作物の「利用」に対応した権利の束で構成されています。日本では創作物が著作権法上の「著作物」に該当すれば、保護されます。さらにこの場合、日本も加盟する「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(ベルヌ条約)により、現在177ある加盟国でも自動的に保護されます。よって、上記例のA国やB国もベルヌ条約の加盟国であれば、Xの著作物はこれらの国々でも保護されます。
現在、国際的な著作権侵害訴訟を扱う世界共通の裁判所はなく、また、それを直接的に解決することのできる世界的に統一された法もありません。よって、どこかの国の裁判所が、どこかの国の法を適用してこれを解決するということになります。例えば、上記例のXが日本の裁判所に訴えを提起した場合、その裁判所は、この訴えを扱う権限、すなわち「国際裁判管轄」があるかどうかを判断します。あると判断した場合、その裁判所は本案に入り、問題となっている著作権侵害に適用される国の法、すなわち「準拠法」を決定し、それを適用して解決します。
それでは、インターネットを介した国際的な著作権侵害の場合、どのようなルールを適用して、国際裁判管轄の有無や準拠法を決定するのでしょうか。上記仮想例を通して、以下、検討します。
国際裁判管轄に関するルール
インターネットを介したかどうかに関わらず、国際的な著作権侵害訴訟が提起されると、日本の裁判所は他の財産関係事件と同様、我が国の民事訴訟法(民訴法)の中にあるルールに従って、その訴えについて管轄権があるかどうかを判断します。そのルールは2段階の基準(i)(ii)から構成され、まず、(i)民訴法3条の2〜3条の8に定められている管轄原因のどれか1つでも日本にあれば、原則、日本の裁判所に管轄権があります。しかし、そのような場合でも、(ii)例外的に、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があれば、日本の裁判所に管轄権はない(訴えの却下)ということになります(3条の9)。
不法行為地管轄とインターネットを介した国際的な著作権侵害
(i)の管轄原因のうち、著作権侵害で最も問題になる可能性が高いのが3条の3第8号の不法行為地管轄です。同規定は、「不法行為に関する訴え」について「不法行為があった地が日本国内にあるとき【括弧書内省略】」、日本の裁判所に管轄権があると定めています。これは、不法行為地は通常、証拠が所在していることで事案との十分な関連が認められたり、被告である加害者もその地での提訴は十分に予想できたりするからです。上記仮想例のXによる著作権侵害に基づく損害賠償や差止請求は同規定の「不法行為に関する訴え」に該当することから、この場合、「不法行為があった地」が日本国内にあれば、日本の裁判所に管轄権が原則、認められることになります。「不法行為があった地」には、「加害行為が行われた地」(加害行為地)と「加害行為の結果が発生した地」(結果発生地)の両方が含まれます。両地は必ずしも同じ国にあるとは限らず、別の国に所在する(隔地的不法行為と言います)ということもあるため、これに対応しています。
それでは、インターネットを介した国際的な著作権侵害(仮想例)の「不法行為があった地」とは、どのような地をいうのでしょうか。その検討に入る前に、確認を要することが一点あります。国際裁判管轄の有無を巡る議論において、著作権を含む知的財産分野の「属地主義の原則」をどう捉えるかという問題です。属地主義の原則とは、知的財産権の効力はそれを付与した国の領域内に限定されるという考え方、つまり、日本の著作権の効力は日本国内に、A国の著作権の効力はA国内に限定されるという考え方です。この原則の捉え方によって、加害行為地のみが管轄権を認めるための原因となり得るのか、あるいは、加害行為地・結果発生地のいずれもがなり得るのかが相違します。詳細は割愛しますが、現在有力なのは、国際裁判管轄の議論において、この原則をそこまで厳密に捉える必要はないとする見解です。これによると、加害行為地・結果発生地のいずれもが、日本の裁判所に管轄権を認めるための原因となり得ます。ここではこの有力な見解に依拠して、「不法行為があった地」(加害行為地・結果発生地)を検討します。
仮想例では、YがA国でXの著作物の画像ファイルを無断アップロード(すなわち、B国所在のWebサーバにこのファイルを保存)し、その後、インターネット利用者が日本から同ファイル(Webページ)にアクセスし、その求めに応じて、Webサーバがこのファイルを利用者の元へ送信しました。実際にはそうなのですが、Yの行為を、A国でのアップロードから日本の利用者に対する送信までと見ることもできるように思われます(これは公衆送信権について定める「著作権に関する世界知的所有権機関条約」(日本を含む103カ国が加盟)8条の理解を参考にしました)。これによると、Yの送信行為が加害行為に当たり、加害行為地はアップロード行為をした地(A国)やファイルが保存されているサーバの所在地(B国)、結果発生地は【※1】Yによる送信が到達したことにより、インターネット利用者らがXの著作物を閲覧し、それに対する需要が失われ、Xの利益が害された地(日本)と考えられます。
加害行為地・結果発生地は以上の通りですが、この例のように、結果発生地が日本にある場合は一点、注意が必要です。すなわち、外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、民訴法3条の3第8号括弧書により、日本の裁判所に不法行為地管轄は認められません。これは、予測できない国の裁判所での裁判は被告の応訴の負担が大きく、当事者間の衡平を欠く等の配慮からです。例えば仮想例の場合、【※2】インターネットが普及した現在、インターネット上の情報は基本的に世界中で閲覧できるのは周知の事実であるから、「日本」での結果の発生も通常予見できると考えることも可能です。
ちなみに、仮想例とは異なりますが、仮にアップロード行為地やサーバの所在地が日本にあったとして、しかし、それがあるというだけでは日本に不法行為地管轄を認めてもよいほど事案と十分な関連があるとは言えない場合もあり得ます。例えば、外国在住のある外国人が日本の空港で国際線の乗継ぎの待ち時間にアップロードしたというような場合です。このような場合、不法行為地管轄規定の趣旨を勘案して、上記地の存在以外にも、日本との関連性を示唆する複数の要素を取上げ、それらを考慮して、不法行為地管轄を認めてよいかを総合的に判断するという方法が主張されており、これによるのが適切だと思われます。
最後に、原則、Yの行為によりXの権利利益について日本国内で損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば、不法行為地管轄が認められると考えられます。
準拠法に関するルール
我が国の準拠法ルールの主たる法源である法の適用に関する通則法(通則法)に、著作権侵害の準拠法に関する明文規定はありません。この準拠法については様々な見解が主張されていますが、蓄積されている裁判例(知財高判平成20・12・24裁判所ウェブサイト他)によると、日本の裁判所は「著作権に基づく差止請求」と「著作権侵害に基づく損害賠償請求」に区別し、前者は「著作権を保全するための救済方法」と性質決定してベルヌ条約5条2項に従い、後者は「不法行為」と性質決定して通則法17条以下の不法行為の準拠法ルールに従い、それぞれ準拠法を決定します。以下、この方法に依拠して、仮想例の準拠法を検討してみます。
著作権に基づく差止請求の準拠法
まず、著作権に基づく差止請求の準拠法について、ベルヌ条約5条2項の「保護が要求される国の法」は、著作権の効力や侵害の準拠法として一般的に主張される「その領域において保護が求められる国の法」すなわち「保護国法」(具体的には著作物の利用行為地法)と恐らく同義に解釈されていると思われます(東京地判平成25・3・25裁判所ウェブサイト参照)。インターネットを介した隔地的著作権侵害の保護国の解釈について述べた裁判例は見当たりませんが、インターネット送信の効果が生じる個々の受信国を保護国と見るのが有力な見解です。これによると仮想例では日本が保護国、準拠法は日本法ということになります。
著作権侵害に基づく損害賠償請求の準拠法
次に、著作権侵害に基づく損害賠償請求の準拠法について、不法行為の準拠法ルールである通則法17条によると、原則結果発生地法が、ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為地法が準拠法となります。仮想例の場合、結果発生地は前述の国際裁判管轄ルールの【※1】と同様に考えて日本、加害行為地はYがアップロード行為をしたA国(第三者のサーバ所在地よりも妥当)と考えられます。よって、同じく、前述の国際裁判管轄ルールの【※2】のように考えるのであれば、日本法が準拠法となります。
ちなみに、ベルヌ条約5条2項の保護国を上述のように解する限り、保護国と結果発生地は基本的に同じ地(国)を指すことになります。よって、結果発生地法が準拠法となる場合、両請求の準拠法は相違しません。
ところで、通則法の不法行為の準拠法ルールを著作権侵害に適用してよいとする以上、同法20条の「明らかにより密接な関係がある地が存する場合の例外」や21条の「当事者による準拠法の変更」に関する規定により、17条の下で決まった地ではない別の地の法を準拠法とすることができます(仮想例とは異なりますが、インターネットを介した複数の国々での著作権侵害(拡散型)の場合、17条の下では複数の結果発生地法(原則)を個々に適用することになりますが、20条又は21条によることで、これを回避できます)。さらに、17条あるいは20条又は21条で決まった準拠法が外国法であった場合、22条により、日本法が累積的に適用されます。つまり、20〜22条が適用される場合、損害賠償請求については結果的に保護国以外の国の法が(も)適用されるため、差止請求の準拠法と相違します。その結果、かたや著作権侵害が認められ、かたや認められないということも起こり得ます。また、属地主義の原則には著作権の準拠法は保護国法と考える側面もあり、20〜22条の下、保護国以外の国の法を準拠法とすることについて、どこまで許容されるかという問題もあります。
おわりに
以上、仮想例を通して、インターネットを介した隔地的著作権侵害の場合に適用される国際裁判管轄・準拠法ルールを紹介し、簡単に考察しました。今回は拡散型の著作権侵害についてはあまり触れられませんでしたが、このほかにも様々な形の侵害があり得ます。いずれにしても、問題となる事実や行為を基軸とするこれらのルールを、インターネットの性質や著作権特有の考え方を踏まえて適用するのは容易ではありません。今後の裁判例や議論の動向に注目したいと思います。