海のプラスチックごみ問題

国際法学会エキスパート・コメントNo.2020-4

鶴田 順(明治学院大学准教授)
脱稿日:2020年1月3日

 

1.はじめに -どのような問題か-

 プラスチックは軽くて丈夫で成型しやすいなどの多くの利点があります。しかし、その耐久性の高さから、ごみとして自然環境に排出された場合には、自然環境に長期にわたって残存することになります。陸上で発生したプラスチックごみのうち15%から40%が海に流出しているとの推定があります。推定流出量が多い上位5ヵ国は中国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、スリランカです。その背景として、日本政府が2019年5月に策定した「プラスチック資源循環戦略」は、使用済みプラスチックの「有効利用率の低さ」と「不適正な処理」を指摘しています。

 では、日本の使用済みプラスチックの有効利用率はどれぐらいなのでしょうか。プラスチック資源循環戦略では「2035年までに、すべての使用済プラスチックをリユース又はリサイクル、それが技術的経済的な観点等から難しい場合には熱回収も含め100%有効利用する」ことを目指すとしています。2019年12月に一般社団法人プラスチック循環利用協会が公表した統計では、日本の2018年の有効利用率はすでに84%に達しています(その内訳は、マテリアル・リサイクル23%、ケミカル・リサイクル4%、熱回収56%)[i]。この統計では有効利用が84%、単純焼却が8%、埋立が8%で合計100%になり、自然環境に排出された使用済みプラスチックはゼロとされています。

 日本では使用済みプラスチックの川や海への流出・漂流量は「ゼロ」といえるくらい少ないのでしょうか。海岸が漂着したごみでいっぱいで歩くのに苦労したという経験がある方もいらっしゃると思います。けっして少ない量とは思えません。日本では大雨や水害などの自然災害時のごみの流出量が多いとの指摘があります。また川や海に故意に投棄されているごみも相当な量だと思われますが、その量を正確に把握することはできません。

 海へ流出・漂流した使用済みプラスチックは、海洋生物・生態系、船舶の航行、漁業、観光、沿岸域の生活環境などに否定的な影響をもたらします。使用済みプラスチック、とりわけマイクロ・ビーズ(化粧品や洗顔料などの製品に含まれる1ミリ以下の超微細なプラスチック粒子)は海に流出・漂流した後に回収して適正に処理するのは困難です。

 海に流出・漂流した使用済みプラスチックを魚や海鳥が摂食すると、腸閉塞や胃潰瘍をきたし、必要な栄養分を十分に吸収できなくなり、魚や海鳥の成長を阻害するなど、海の生物や生態系にもたらす否定的な影響も指摘されています。しかし、プラスチックが海の生物や生態系にもたらすリスクがどのような・どの程度のリスクであるかについては研究途上にあります。

 日本では2018年にプラスチックごみに関する情報が急増して社会問題化しました。なぜこのタイミングだったのでしょうか。さまざまな理由があるのでしょうが、ここでは三つ指摘したいと思います。第一に2018年6月開催のG7(主要7カ国首脳会議)シャルルボワ・サミットで「G7海洋プラスチック憲章」に日本が参加しなかったことへの批判[ii]、第二に2017年7月に方針が示された中国政府による廃プラスチック禁輸措置(本コメント第4節)、第三に2019年5月開催のG20(金融世界経済に関する首脳会合)大阪サミットでプラスチックごみが主要議題の一つとなったこと(本コメント第5節)の三つです。日本でのプラスチックごみの社会問題化は日本の外の動きや外からの求めに対する反応といえます。海のプラスチックごみをめぐる問題状況の改善・克服のための「即効薬」はありません。国際規範と国内規範のこれまでの積み上げや新たな動きをふまえて(本コメント第2節と第3節)、またさまざまな主体の参画を得て、問題状況の改善・克服を時間をかけて着実に進めていくことが重要といえます。

 

2.海のプラスチックごみが社会問題化する以前から存在する国際規範 -陸上で発生した廃棄物の海洋投棄の規制-

 陸上で発生した廃棄物を船舶等から海に投入し処分する海洋投棄の規制のための最初の条約は1972年採択の「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(ロンドン条約)です。ロンドン条約は海の自浄能力を超える海洋投棄を規制するという発想にたち、毒性・有害性に応じて廃棄物を附属書ⅠからⅢまで三つのカテゴリーに分類し、カテゴリーに応じて禁止や許可などの規制を設定するという方式(ネガティブ・リスト方式)を採用しています。

 1972年にロンドン条約が採択された後、先進工業国による廃棄物の海洋投棄の削減が進んだことなどをうけて、海洋投棄の規制強化を目的として、1996年にロンドン条約の改正議定書(96年議定書)が採択されました。ロンドン条約96年議定書は、海の自浄能力を前提とせず、1990年代以降の予防原則・予防的アプローチの発展をふまえ(3条1項)、廃棄物の船舶等からの海洋投棄を原則として禁止し(4条1項)、その例外として「投棄を検討することができる」廃棄物を附属書Ⅰに掲げるという規制方式(リバース・リスト方式)を採用しています。附属書Ⅰには、しゅんせつ物、下水汚泥、「魚類残さまたは魚類の産業上の加工作業によって生じる物質」、不活性な無機性の地質学的物質、天然に由来する有機物質などが掲げられていますが、使用済みプラスチックは掲げられていません。

 海のプラスチックごみをめぐる問題状況の改善・克服にとって、ロンドン条約96年議定書の各国における実施はとても重要です。日本ではロンドン条約96年議定書を「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」(海洋汚染防止法)と「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の二つの法律などによって実施しています。海洋汚染防止法は96年議定書を日本が批准する以前から海洋投棄を原則として禁止し(法10条1項)、その例外として海洋投棄を認める品目を列挙しています(法10条2項5号)。

 海洋汚染防止法による廃棄物の海洋投入処分の規制の2018年の執行状況は、無許可での海洋投入処分(不法投棄)が109件、そのうち、陸上からの排出による汚染は合計94件(一般市民59件、漁業関係者32件、事業者3件)、船舶からの排出による汚染は合計15件でした。排出原因者別の廃棄物の主な内容は、一般市民によるものは家庭ごみが49件、漁業関係者によるものは、漁業活動で発生した残さが15件、不要となった漁具が10件でした[iii]。漁網やロープなどの漁具はプラスチック製のものが多いです。使用済みとなった漁具で不法投棄されてしまっているものも一定量あるといえます[iv]

 

3.海のプラスチックごみの社会問題化を受けて近年採択等された国際規範 -バーゼル条約附属書の改正

 1980年代に欧米諸国から環境規制の緩いあるいは規制の無い発展途上国に有害廃棄物が輸出され現地で住民の健康に被害を及ぼす恐れのある汚染を引き起こす事件が多発しました。このような問題状況の改善・克服のために採択されたのが「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」です。バーゼル条約の目的は、「有害廃棄物」と「他の廃棄物」(両者をあわせて「有害廃棄物等」)の越境移動を禁止するのではなく、人の健康や環境を害することがないようなかたちでの越境移動の確保することにあります。

 バーゼル条約における「有害廃棄物」は、条約附属書Ⅳに掲げる「処分」を行うために輸出されまたは輸入されるものであって、条約附属書Ⅰに掲げるもの(①「廃棄の経路」により規定される18種類の廃棄物(医療廃棄物など)あるいは②六価クロム、砒素、水銀や鉛などの成分を含有する27種類の廃棄物)で、条約附属書Ⅲに掲げる「有害な特性」(爆発性、酸化性、毒性、腐食性や生態毒性など)を有するものです。条約約附属書Ⅳに掲げる「処分」は「地中または地上への投棄」や「陸上における焼却」の最終処分のみでなく、資源回収やリサイクルを含む作業です。

 バーゼル条約における「他の廃棄物」は、これまでは条約附属書Ⅱに掲げられている「家庭から収集される廃棄物」(Y46)と「家庭の廃棄物の焼却から生ずる残滓」(Y47)の二種類のみでした。2019年5月開催のバーゼル条約第14回締約国会議では附属書Ⅱに「プラスチックごみ」(Y48)を追加する改正案が採択されました(BC-14/12、改正附属書は2021年1月1日発効予定)。今回の改正では、条約の規制対象である「有害廃棄物」のリストである附属書Ⅷに廃棄の経路や成分などから有害特性を示すプラスチックごみが追加され、また条約の非規制対象リストである附属書Ⅸに「環境に適切な方法でリサイクルすることを目的とした、汚染物や他の種類のごみがほとんど混入していないプラスチックごみ」(附属書Ⅸ B-3011)が追加され、これらをふまえて附属書Ⅱに附属書ⅧとⅨ以外のプラスチックごみが追加されました。附属書Ⅱ改正で追加された「プラスチックごみ」は、廃棄の経路や成分などから有害特性を示さないが、汚れているか他の種類のごみが混入しているため、リサイクルに適さないプラスチックごみが該当するといえます。

 バーゼル条約は今回の附属書改正以前から「他の廃棄物」の移動も規制し、その「他の廃棄物」には「家庭から収集される廃棄物」(Y46)も含まれていました[v]。そのため、今回の附属書Ⅱの改正は、新たな規制対象を設けたのではなく、「家庭から収集される廃棄物」からプラスチックごみを横出しして既存の規制対象の明確化を図ったもの、それにより、水際での規制執行の確保・向上を企図したものといえます。

 

4.中国政府による廃プラスチック禁輸措置

 2017年7月、中国政府は廃プラスチックなどを含む固体廃棄物の輸入規制の方針を明らかにしました。2018年1月から工場ロスを除く生活由来の廃プラスチックの輸入禁止措置を発動し、さらに2019年1月からは工場ロスも含めて廃プラスチックの輸入全面禁止措置を発動しました。その理由として、中国政府は、廃プラスチックなどの輸入が「人民大衆の健康と我が国の生態環境の安全に対して厳重な危害をもたらしている」との認識を示しました。それまで中国は世界全体の廃プラスチックの輸出の約半分を受け入れていました。

 2017年の日本のプラスチックごみ総排出量は903万トンで、そのうち、マテリアル・リサイクルは211万トンです。そのうち、国内でのマテリアル・リサイクルが82万トン(マテリアル・リサイクル総量の38.9%)で、それ以外の129万トン(同61.1%)が外国に輸出されて行われたリサイクルでした[vi]。日本で発生した廃プラスチックのマテリアル・リサイクルは半分以上が「外国でのリサイクル」でした。

 財務省貿易統計によると、日本から外国への廃プラスチック(HSコード3915「プラスチックのくず」)の輸出量は2016年152.7万トン(そのうち中国と香港への輸出量は129.5万トン、全輸出量の84.8%)、2017年143.1万トン(同102.4万トン、同84.9%)でした。日本で発生した廃プラスチックの輸出先の大半は中国と香港であったといえます。

 まとめますと、日本で発生した廃プラスチックのマテリアル・リサイクルは中国への依存度が高かったといえます。

 2018年の中国政府による廃プラスチック輸入禁止措置、さらに前節でみた2019年のバーゼル条約附属書の改正は、これまでの中国依存度の高い「国際的なリサイクル」から「日本国内でのリサイクル」へという流れを促進するのでしょうか。日本政府のプラスチック資源循環戦略では「アジア各国による廃棄物の禁輸措置に対応した国内資源循環体制を構築」とあります。日本国内で使用済みプラスチックのマテリアル・リサイクルが進んでいくためには、リサイクル・コストの低減と再生ペレットの高品質化を図っていく必要があります。そのためには、回収された使用済みプラスチックに汚れや異物混入が無く、同じ種類のプラスチックを大量に集める必要があります。「拡大生産者責任」という考え方をふまえて[vii]、プラスチック製品の素材選択・設計・製造といった上流段階での対応が必要となります。他方で、近年、中国のリサイクル会社が日本に進出し、日本国内で発生した使用済みプラスチックを再生ペレット化までしたうえで中国にプラスチック原料として輸出しています。バーゼル条約の輸出入規制を水際で確実に執行しつつ、環境負荷を低減した、かつてとは異なる意味での国際資源循環を目指すのが現実的な方策といえます。

 

5.おわりに -今後の国際規範のあり方-

 2019年6月開催のG20大阪サミットで「海洋プラスチックごみ対策実施枠組み」が支持されました。この実施枠組みは、各国の自主的な行動とその情報を定期的に共有することで、2017年7月開催のG20ハンブルク・サミットで立ち上げられた「G20海洋ごみ行動計画」を実現していくことを企図したものです。実施枠組みは法的拘束力のない文書ですが、国際規範の法的拘束力の有無とその実効性(問題状況の改善・克服にどのように・どの程度資するか)の関係は「法的拘束力があれば実効性が高まる」というものではありません。国際規範の実効性を確保・維持・向上させるためには、情報交換制度、国家報告制度や遵守確保手続の設定など、何らかの仕掛けを設定することが重要です。しかし、海のプラスチックごみについては、各国が国際規範に基づいて海への流出量の削減などについての法的義務を負いあるいは自主的に目標を設定したとしても、その遵守状況の正確な把握や評価は現時点では困難です。

 海のプラスチックごみをめぐる問題状況の改善・克服には、海に流出・漂流してからの回収や適正処理などに焦点をあてるよりも、法的拘束力を有する既存の条約による規制、すなわち、陸上や航行中の船舶で発生した廃棄物の海への投入処分に関する規制(ロンドン条約96年議定書や「船舶による汚染の防止のための国際条約」(MARPOL条約))や人の健康や自然環境を害するようなかたちでの有害廃棄物等の越境移動に関する規制(バーゼル条約)を締約国が確実に実施していくとともに、ごみの発生抑制・回収・リサイクル・適正処理、さらに、問題状況・領域によっては、拡大生産者責任という考え方をふまえて、プラスチック製品の素材選択・設計・製造といった上流段階で対応していくことが重要といえます。

 海のプラスチックごみについては、今後、問題状況の解明・改善・克服に資する科学的知見や対応技術が進展していくものと考えられます。まずは、海のプラスチックごみの浮遊量の継続的な観測、将来の浮遊量の予測、浮遊量の観測・予測のための手法の開発、海の生物・生態系にもたらすリスクの解明などを進めていくことが重要といえます。

 

追記:このコメントは2019年10月26日(土)に東京大学本郷キャンパスで開催された国際法学会主催市民講座「海と国際法」での報告を文章化したものです。

 

[i] 一般社団法人プラスチック循環利用協会『2018年 プラスチック製品の生産・廃棄・再資源化・処理処分の状況』(2019年12月)2-3頁。

[ii] 日本政府は、海洋プラスチック憲章に参加しなかった理由について、「同憲章が規定するあらゆるプラスチックの具体的な使用削減等を実現するに当たっては、国民生活や国民経済への影響を慎重に検討し、精査する必要があるため」としている(平成30年6月14日提出第196回国会質問第386号「海洋プラスチック憲章に関する質問主意書」に対する平成30年6月22日受領答弁第386号)。

[iii] 海上保安庁警備救難部環境防災課『海洋汚染の現状(平成30年1月から12月)』(2019年2月)18-19頁。

[iv] 水産庁が2019年4月に公表した文書「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」には、「海洋プラスチックごみの主な発生源は陸域であるとする指摘が多くあるが、海域を発生源とする海洋プラスチックごみも一定数あり、その一部は漁業活動で使用される漁具であることも指摘されている」とある。

[v] 実際に、バーゼル条約附属書Ⅱの規制が問題となった事案として、2004年4月に日本から中国に異物が混入し汚れていてリサイクルできない廃プラスチックを含む貨物が輸出され、中国政府が「バーゼル条約及び我が国環境保護規制基準に違反」を指摘し、2004年5月から2005年9月まで日本からの廃プラスチックの輸入禁止措置を発動した事案がある。本件についての詳細は、鶴田順「国際資源循環の現状と課題」『法学教室』第326号(2007年11月号)6-12頁。

[vi] 一般社団法人プラスチック循環利用協会『2017年 プラスチック製品の生産・廃棄・再資源化・処理処分の状況』(2018年12月)2-5頁。

[vii] 拡大生産者責任とは、製品に対する生産者の責任を、物理的および/または金銭的に、製品のライフサイクルにおける消費後の段階まで拡大させるという環境政策アプローチである。EPRは、製品に対する生産者の責任、すなわち、物理的責任(使用後の製品の回収・処理・リサイクルなどの実施の責任)と金銭的責任(使用後の製品の回収・処理・リサイクルなどの費用の支払いの責任)を製品の使用後の段階まで拡大することにより、天然資源の採取、製造、製品の使用、製品の使用後の各段階で発生する環境負荷をできるだけ小さくするように配慮した「環境配慮設計」の採用を促進することで、廃棄物の発生・排出の抑制、適正処理やリサイクルを効率的に実現するための理念である。