国際法学会エキスパート・コメントNo.2021-2
田中 佐代子(法政大学法学部准教授)
脱稿日:2021年1月18日
1.はじめに
北朝鮮は弾道ミサイルの開発を推進し、ミサイル発射実験を繰り返し行っています。そうした状況をうけて、日本は弾道ミサイル防衛システムの整備を進めてきました。そこでは、ミサイルが発射された後に、発射国の領域外に出た後の段階で迎撃することを想定しています[i]。しかし、北朝鮮の弾道ミサイル技術・攻撃能力が向上していることなどから、日本の安全にとっての脅威が増しているという認識の下で、改めて注目されているのが、いわゆる敵基地攻撃能力の保有をめぐる議論です。ここでいう敵基地攻撃能力は、一般的に、敵の基地などのミサイル発射拠点・発射装置を攻撃する能力として理解されています。飛翔しているミサイルを迎撃するのではなく、敵基地に打撃を与えてミサイル発射を阻止することを狙いとしたものと捉えられます。
敵基地攻撃能力の保有をめぐっては、平和主義を掲げる日本国憲法の下での許容性(特に、専守防衛に徹するという日本の防衛の基本方針に反しないのかという問題)や、安全保障政策としての適切さ(防衛上のコストと効果の問題、近隣諸国をはじめ国際社会に与える印象など)が議論されることが多くあります。そうした問題とともに、国際法の下でどのように評価されるかを考えることも重要です。このコメントでは、武力行使の規制に関わる国際法(jus ad bellum)の観点から、特に自衛権との関係で、敵基地攻撃能力について検討します。
2.経緯
敵基地攻撃能力に関する日本政府の見解は、1956年の鳩山一郎首相答弁(船田中防衛庁長官代読)において次のように示されました。
わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。
このように、日本政府は、ミサイル攻撃に対する防御のために敵基地攻撃を行うことは、一定の条件を満たせば、自衛行為として可能であるとしており、この立場は今日まで維持されています。しかし、現状では「敵基地攻撃を目的とした装備体系を保有しておらず、……自衛権の行使として敵基地攻撃を行うことは想定していない」というのが政府統一見解です。
敵基地攻撃能力の保有をめぐる議論は断続的になされてきましたが、2020年にも、イージス・アショア配備断念後の代替方策とも関連して盛んな議論が見られました。2020年8月の自由民主党政務調査会の提言では、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取組が必要」とされ[ii]、この提言を受け取った当時の安倍晋三首相は、政府として議論を深めたいと述べました[iii]。退任直前の安倍首相談話では年内に方策を示すとしていましたが、結局、2020年12月18日の閣議決定では「抑止力の強化について、引き続き政府において検討を行う」として、議論を継続することとされました。
3.自衛権発動の前提となる「武力攻撃」要件との関係
現代の国際法において、国家が武力を行使することは一般に禁止されています(国連憲章第2条4項に規定され、慣習国際法上も確立している武力不行使原則)。ただし、その例外として自衛権の行使は認められています。自衛権は、国連安全保障理事会の決定によらずに国家が自ら武力を行使する場合の正当化根拠として、国連憲章において唯一明示的に規定されているものです。したがって、仮に日本がミサイル攻撃への対応として自らの判断で敵基地攻撃を行うとすれば、国際法上は、自衛権の行使としての正当化を図ることになるでしょう。
国際法上の自衛権を行使するための要件としては、まず、国連憲章第51条に「武力攻撃が発生した場合(if an armed attack occurs)」と規定されています。この「武力攻撃」の要件については、武力攻撃が現実に発生する前に、その脅威に対して自衛権を発動することが許されるか否かをめぐって、激しい論争があります。武力攻撃の脅威がまだ急迫しておらず時間的余裕が残されている段階での自衛権発動に対しては否定的な立場が有力ですが、急迫した武力攻撃に対する先制的自衛の合法性/違法性については見方が分かれています。
すでに発射されたミサイルを迎撃するのではなく、敵基地攻撃を行うということは、国際法上の位置づけが争われている先制的自衛(あるいは、違法との見方の強い先制攻撃)にあたるのではないかと指摘されることがあります。これに対して日本政府は、「自衛権は武力攻撃が発生した場合にのみ発動し得るものであり、そのおそれや脅威がある場合には発動することはでき〔ない〕」として、先制的自衛は認められないという立場を示しています。したがって、これまで日本政府が法理的に可能としてきた範囲にとどまる限り、敵基地攻撃は、武力攻撃が発生した後にのみなされうるのであって、先制的自衛をめぐる論争とは関わらないものだとひとまず理解できます。
そうすると、武力攻撃が発生したとみなす時点が問題となりますが、日本政府は、「武力攻撃が発生した場合とは、この侵害のおそれがあるときでもないし、また我が国が現実に被害を受けたときでもないし、侵略国が我が国に対して武力攻撃に着手したときである」としています。国際法上の自衛権発動の要件としての「武力攻撃の発生」について、被害が実際に生じるまで待つ必要はなく、武力攻撃が開始されればよい、という考え方は、国際法学においても一般的に受け入れられています。そうした考え方と、武力攻撃の着手をもって発生と捉える日本政府の立場とは整合的です。
ただし、武力攻撃の開始ないし着手をどのように判断するかは、決して容易ではないということに注意が必要です。一方では、武力攻撃の実行にあたって不可逆的と思われる行動が始まればよいとし、例えば、爆弾投下前であっても、爆撃機が作戦実行地点に向かっている時点で、武力攻撃の開始に相当しうると主張する論者がいます。他方、その時点では、作戦命令が撤回され、爆撃が行われない可能性が(少なくとも理論上は)ある以上、武力攻撃は現実化しておらず、それはあくまで急迫した武力攻撃の一種に過ぎないとする論者もいます。
日本政府としては、武力攻撃の着手は、その時の国際情勢、相手国の明示された意図、攻撃の手段、態様等により、個別具体的な状況に即して判断するとのことです。これらの事項を考慮して判断することは、一般論としては、国際法に照らして何ら問題ありません。とはいえ、敵基地攻撃能力の保有を議論するのであれば、武力攻撃の着手の判断の仕方について、より具体的な検討が必要です。
ミサイルが実際に発射された後であれば、武力攻撃の着手があったとさほど問題なく言えそうです(ただし、そのミサイル発射が単なる実験等ではなく、他国への武力攻撃に該当することは確認する必要があります)。そして、時間的にさらにさかのぼり、ミサイル発射前の準備段階で武力攻撃の着手がなされたと判断する可能性も、日本政府は必ずしも排除していません。他国が日本を標的にミサイルを発射する意図を宣言した上で、ミサイルの直立、燃料の注入といった発射準備を行っている場合は、一つの判断材料になりうるのではないかという、石破茂防衛庁長官の答弁がありました。その事例が武力攻撃の着手にあたると確定的に述べたものではなく、あくまで一つの要素とのことですし、また、今日では、この答弁がなされた2003年当時とはミサイル発射の技術・方法も変化しているため、同じ基準で判断することは現実的でないように思われます。しかし、いずれにせよ、仮にミサイルが発射される前の時点で武力攻撃の着手があったと判断して自衛のために敵基地攻撃を行うとすれば、武力攻撃の開始を厳格に認定する立場からは、(日本政府が否定している)急迫した武力攻撃に対する先制的自衛に訴えたものと評価されることもありえます。敵基地攻撃能力について議論する際には、その開始時点について慎重に検討する必要があると言えます。
加えて留意すべきは、国際司法裁判所が述べたように、武力攻撃が発生したことを証明しなければならないのは、自衛権行使国であるということです(オイル・プラットフォーム事件判決57項)。その証明は、ミサイル発射後よりも前の方が、当然、難しいでしょう。仮に、ミサイル発射前に敵基地攻撃を実行するのであれば、どのように発射準備が行われているかを詳細に把握し、それが武力攻撃の開始に相当すると言えるほどの段階に至っていることを証明する用意も整えなければなりません。
4.自衛の「必要性・均衡性」要件との関係
次に、国際法上の自衛権を行使するためには、必要性と均衡性の要件も満たさなければなりません。これらは国連憲章には明示されていませんが、慣習国際法において確立した要件であり、国連憲章第51条にもとづく自衛権行使にも適用されます。必要性・均衡性の要件が具体的に何を求めるものかについては、様々な捉え方がありますが、国際司法裁判所によれば、武力攻撃に対応するために必要で、かつその武力攻撃に対して均衡のとれた措置のみが認められるということを意味します(ニカラグア事件本案判決176項、オイル・プラットフォーム事件判決76項)。
日本政府が法理的には可能とする敵基地攻撃には、上に引用した鳩山首相答弁の通り、「攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置」であり、また「他に手段がないと認められる限り」においてなされるという条件が付せられています。こうした条件を、憲法上の要請のみならず、国際法上の自衛権行使における必要性・均衡性要件をも満たす形で解釈し運用することが求められます。それらの要件を守るべきことは日本政府としても(自衛権行使一般について)明言しています[iv]。
なお、この点に関連して、日米同盟にもとづき日本へのミサイル攻撃についても米国が軍事的に対処するのであれば、日本として「他に手段がない」とは言えず、日本は敵基地攻撃を行えないのではないかという疑問が呈されることがあります。国際法においても、武力攻撃に対処するために他の手段が合理的に利用可能であるならば、自衛措置は必要でない(つまり必要性要件を満たさない)ということになります。しかし、この場合の他の手段とは、武力を用いない手段を意味します。ですから、国際法上は、同盟国による軍事的対処という手段がありうることは(少なくともその事実のみをもって)、被攻撃国による自衛権行使を妨げるものではありません。米国との関係性に起因する敵基地攻撃能力保有への疑問は、国際法ではなく、あくまで日本国憲法との関係で(あるいは政策論のなかで)生じるものと考えられます。
国際法における自衛の必要性・均衡性要件に関して、より重要な点は、それらの要件が、自衛権行使と違法な武力復仇との区別に関わるということです。すなわち、武力攻撃が発生し、それに対応するつもりであったとしても、不必要で過剰な措置に及べば、それは防衛ではなく報復や懲罰の意味合いを帯び、違法な武力行使となります。敵基地攻撃能力の保有について積極的な立場からは、相手国によるミサイル攻撃の二発目以降を防ぐという目的が強調されることがあります[v]。ミサイルが何発も間断なく発射され続けている状況で、その進行中の武力攻撃を中止させるための敵基地攻撃であれば別ですが、一発目のミサイル攻撃が完了した後、二発目以降の有無が不確実な状況では、敵基地への反撃が必要かつ均衡のとれた自衛措置であるのか疑われかねません。必要性・均衡性要件の実際の適用については個別の状況に依存する部分が大きく、あらかじめ一律の基準を示すことは難しいのですが、二発目以降を防ぐ目的で敵基地攻撃を行うとすれば、二発目以降のミサイル攻撃にさらされるおそれが現にあるのだと説得的に示すことは、最低限、求められるでしょう。武力攻撃が発生したからといって、自衛権行使としての敵基地攻撃が無制限に許されるわけではなく、必要かつ均衡のとれた範囲にとどめなければならないのです。
5.おわりに
ここまで見てきたように、敵基地攻撃は法理的には可能という日本政府の立場にはいくつかの条件が付されており、それらは、国際法上の自衛権行使の要件も適切にふまえたものであると評価できます。武力攻撃が開始される前の先制的な敵基地攻撃は否定しており、また、自衛の必要性・均衡性要件を満たすべきことも勘案されているからです。ただ、そうした一般的な条件よりももう少し踏み込んで、敵基地攻撃がどのように実施されうるのかを考えてみると、気になる点もあります。ミサイル発射前の準備段階でも武力攻撃の開始と捉えてよいのか、また、二発目以降のミサイル攻撃を防ぐための敵基地攻撃は必要かつ均衡のとれた自衛措置としてどの程度認められるか、といった点については、より具体的な状況を想定しつつ慎重に検討しなければなりません。
なお、国際法上の自衛権の行使にあたっては、「武力攻撃」と「必要性・均衡性」の要件のほかに、国連の「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」に限られることと、「とった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」ことも定められています(いずれも国連憲章第51条)[vi]。敵基地攻撃に関しても、他の自衛権行使の場合と同様、これらも遵守する必要があります。
[i] ミサイルが大気圏外を飛行している段階(ミッドコース段階)または大気圏に再突入した後の最終段階(ターミナル段階)での迎撃を想定していることから(『防衛白書』(令和2年版)257頁参照)、発射国の領域外で迎撃することになると考えられます。
[ii] この提言にいう「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」は敵基地攻撃能力とほぼ同義と捉えられます。本文中にも示したように、敵基地攻撃能力は、相手国領域外を飛翔中のミサイルを迎撃することと対比して、敵基地(相手国領域内)を攻撃する能力として議論されているものだからです。提言案をまとめた検討チームの座長を務めた小野寺五典衆議院議員によれば、先制攻撃を主張しているとの誤解を生じさせないように、敵基地攻撃能力の用語を避けたとのことです。日本経済新聞2020年12月26日朝刊4面参照。
[iv] 国連憲章第51条にもとづく自衛権行使について必要性・均衡性の要件があてはまるとの認識を示したものとして、外務省条約局長答弁参照。集団的自衛権に関連して、岸田文雄外務大臣答弁参照。
[v] 2017年と2018年の自由民主党政務調査会の提言では、「敵基地反撃能力」という文言を用いていました。これは、武力攻撃が発生した後に「反撃」することにより、二発目以降のミサイル発射を防ぐことを主張するものでした。朝日新聞2017年12月8日朝刊3面参照。
[vi] 本コメントでは基本的に、他国によるミサイルを手段とした武力攻撃が日本に対して発生し、日本が個別的自衛権の行使として敵基地攻撃を行うという状況を仮定して検討してきました。日本政府の説明によれば、敵基地攻撃能力についての考え方は、集団的自衛権が根拠となる場合にも変わりません。例えば米国に対するミサイル攻撃が(例えばグアムを標的として)発生した場合、それが日本の存立危機事態に該当することも含め諸条件を満たせば、集団的自衛権の行使として敵基地攻撃を行うことが法理的には可能(ただし現状では実行は想定していない)という立場と理解できます。集団的自衛権についても「武力攻撃の発生」と「必要性・均衡性」の要件が課されますので、それらの観点からの本コメントの検討が同様にあてはまります。国際法上の集団的自衛権について、より全般的には、別コメント参照。